『蛇にピアス』から20年、芥川賞作家・金原ひとみの閉じた世界を変えた存在明かす「凝り固まった価値観や人間観をぶち壊してくれた」

金原ひとみ 撮影/冨田望

20歳のとき『蛇にピアス』(集英社)で第130回芥川賞を受賞して以来、コンスタントに小説を発表、谷崎潤一郎賞、柴田錬三郎賞など、きらめくような受賞歴をもつ金原ひとみさん(40歳)。作家であり2女の母であり、小説の中で「本音」を“ぶちまける”作家として女性を中心に熱い支持を得ている。【第3回/全5回】

生きていれば、変わったものと変わらないものが自分の中で混在していく。それについて金原さんはどういう意識を持っているのだろう。

「うーん」

彼女はしばし考え込んだ。そして少しだけ苦い笑いを浮かべて言った。

「実は私、14歳くらいから何も変わっていないのではないかと思うことがあって、その思いがときどき、憂鬱を引き起こすんです。人って何十年生きても何も変わらないのではないか、やりたくないことを極力避けて、やらなければならないことをし続けているだけなんじゃないか。
いや、もちろん、いろいろなことが少しずつ変わっているのは事実なんだけど、根本のところでのメンタルは変わっていないんです。若いころから今に至るまで、こんなメンタルを抱え続けて苦しみ続けているなんて、という思いはありますね」

作家ならではの苦悩なのか、あるいは人はおしなべてそうなのか。考えさせられる言葉である。

「あ、ただ他人が大丈夫になったというのはあります。いままで世の中の9割の人が嫌いだったけど、最近は3割くらいの人と仲良くできるようになりました(笑)。これは革命で、すごく世界が広がって見えました」

そういったことも踏まえて、読者に向けてはそのままでもいいんだよと思っていると彼女は言う。ただ、そのままでいいけど、さまざまなことを両面から見られるようにすると、少しだけ何かが変わるとも伝えたいそうだ。

「結局、人生のフェーズが変わっても、生きづらさは変わらない。でも、小説を読んだり、人の考えを知ることで、息がしやすい場所を探し続けてきたんだなと、改めて思います」

子どもたちの存在が自身の世界をぶち壊してくれた

自分を認識するためには自分の中にこもっていてはいけないのかもしれない。自分だけの世界は狭すぎる。

「私は人と飲むのが大好きなんです。行き詰まったり嫌なことがあったりしたときは、すぐに人と飲みに行きます。昔はできなかったけど、いまは3~4割の人が大丈夫なので。人と話すと、自分からは絶対に出てこない考えやものの見方を発見できるので、自分から遠い人と話すことほど意味があるなと思うようになりました。泣き上戸なので、よく泣きますけどね。
つい先日も、フェミニズムについて話が盛り上がったんですが、人間の愚かさが苦しくて涙が止まらなくなりました。でもそうやって言葉を使ったり、人から教えてもらったりして、いろいろなことを認識してつかんでいく作業が私には必要なんだと、つくづく思いますね」

嫌なことも苦しいことも小説に生かさないといけない。結局、生活のすべてが書くことに結びついていくようだ。映画や音楽も大好きだが、特に好むのは「自分の世界を拡張してくれるもの」「知らない世界につれていってくれるようなもの」「既存の概念を打ち壊すようなもの」だという。

「おまえ小さいよって、たたきつぶされたいんです」

そういう意味で、いちばん大きな人生でのチェンジは、やはり子どもを生んだことだったと言う。

「自分の世界は閉じたものだったし、自分の人生は強固にパッケージされたものと認識していたんですが、それをぶち壊してくれたのが子どもという存在。何かをするわけではなく、存在そのもので私の凝り固まった価値観や、人間観をぶち壊してくれました。自分の中から出てきたものなのに、自分とは当たり前に他人で、理解できない、よく分からない存在で。そんなことってあるんだという、新鮮な驚きがありました。
成長過程で、私と娘たち、娘ふたりの違いなども顕著になっていく。それを見ていると、人は血でつながっているわけじゃないんだと思えてきて。血縁幻想を抱いていたわけではないですが、呪いが解けるような感覚がありました」

子どもふたりを抱えて、死に物狂いで生きていたあの時期が、金原さんの心を少しだけ解放していった時間にもなるのかもしれない。

金原ひとみ(かねはら・ひとみ)
作家。1983年生まれ、東京都出身。2003年『蛇にピアス』(集英社)ですばる文学賞受賞。翌年、同作で芥川賞受賞。’10年、小説『トリップ・トラップ』(KADOKAWA)で織田作之助賞、’12年、『マザーズ』でBunkamuraドゥマゴ文学賞を受賞など、あまたの文学賞を受賞。’12年から2女を連れてフランスに移住、’18年に帰国。今回、初の試みとしてオーディオファースト作品『ナチュラルボーンチキン』を書き下ろした。

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