『ソイレント・グリーン』アンモラルで風変わりなディストピアSF ※注!ネタバレ含みます

※本記事は物語の核心に触れているため、映画をご覧になってから読むことをお勧めします。

『ソイレント・グリーン』あらすじ

2022年、ニューヨークは人口超過密都市となった。人々は仕事も家も失い、電力の配給もマヒ状態。肉や野菜は希少品で、多くの市民は“究極の栄養食”を謳う新たな合成食品ソイレント・グリーンが配給されるのを待ちわびている。この食品を生産するソイレント社の幹部が殺された事件を追う殺人課の刑事ソーンは、現場となった高級マンションの豪勢な生活に目を見張る。情報に通じた“人間ブック”こと、ソル・ロス老人の協力で捜査を続けるソーンだが、ソイレント・グリーンの秘密を知った老人の足は、公営安楽死施設「ホーム」へと向かっていた…。彼を死に急がせたおぞましい真相とは何か。“ミラクルフード”の正体に勘づいたソーンにも、殺し屋たちの魔手が迫って来る。

過激な映画作家、リチャード・フライシャー


THE 職人、リチャード・フライシャー。どんなジャンルであろうとも、どんな面倒臭い条件があろうとも、どんな低予算であろうとも、彼はきっちりと仕事をこなして、一定のクオリティを担保する。『ミクロの決死圏』(66)と『絞殺魔』(68)と『トラ・トラ・トラ!』(70)が同じ監督の作品だなんて、誰が信じられるだろう? 彼ほど、自分に求められていることを的確に理解して、為すべきことを実践できるフィルムメーカーはいない。

だがーーここが非常に面白いところなのだがーーフライシャーの映画は、職人監督の範疇を超えて、しばしば奇妙な輪郭を露出するときがある。例えば、ミア・ファローが盲目の女性を演じる『見えない恐怖』(71)。真っ赤な血で染まったバスタブに死体があるにも気づかず、彼女がお湯の蛇口を閉めるシーン。恐怖を知覚できないことで生まれる悪夢的映像。もしくは、『マンディンゴ』(75)で農園主の女性が黒人奴隷と体を交わすシーン。超えてはいけない一線を超えてしまったような、目撃してはいけないものを目撃してしまったような感覚。観客の倫理を揺さぶるというよりは、画そのものの力で我々をなぎ倒してしまうのだ。

彼の大ファンを公言している黒沢清は、「1970年代のフライシャーは本当に過激だった」とコメントしている。特に円熟期を迎えてから獲得した、異様な禍々しさ。職人でありながらも、ウェルメイドとは決して言い難い、不穏さに満ちたフィルモグラフィー。それはもちろん、ディストピアSFの名作『ソイレント・グリーン』(73)にも当てはまる。

『ソイレント・グリーン 《デジタル・リマスター版》』©︎2024 WBEI

舞台は、2022年のニューヨーク。爆発的な人口増加によって街には人が溢れ、深刻な食糧難が襲っていた。貧困層は配給される合成食品を手にするための長い行列をつくり、富裕層は高級アパートで贅沢な暮らしをする超格差社会。そんなある日、合成食品を製造しているソイレント社の幹部サイモンソン(ジョゼフ・コットン)が、何者かによって殺される事件が発生する。殺人課の刑事ソーン(チャールトン・ヘストン)はさっそく捜査を開始。やがて彼は、恐ろしい事実を知ってしまう…。

一つの画面で複数のレイアウトを分割したり、スライドやズームのテンポに緩急をつけたり、ディゾルブでカットを繋ぎ合わせたり。人類が自然と共生していた時代から、高度に機械化・産業化が進み、やがて大気が汚染されていくまでを、リチャード・フライシャーはオープニングから手際よく見せていく。

やがて映し出される、「SOYRENT GREEN」のタイトルと、「2022年 ニューヨーク 人口4千万人」というテロップ。ものの3分程度で、ムンムンと伝わってくるディストピア感。話運びもスマートで、いっさいの無駄がない。職人監督リチャード・フライシャーの面目躍如だ。だがもちろん、ラディカルな映画作家としてのフライシャーもこの映画に潜んでいる。ソーンと同居する老人ソル(エドワード・G・ロビンソン)が自殺幇助を受けるシークエンスだ。

神なき世界


元大学教授のソルは、すでに人類が失ってしまった「本を読み、理解する」という技能を有した“ブック”。ニューヨーク市警のソーンの依頼を受けて、殺されたサイモンソンのアパートから持ち出された極秘資料を調査する。やがて彼は、合成食品ソイレント・グリーンが、人間の体からつくられている事実を発見。思わず「神よ…」という言葉を口にする。

この映画では何度も「God」というセリフが登場する。それは、この世が神なき世界であることを強調するシグナル。サイモンソンは殺し屋に「(殺人行為)は正しくないが必要だ。神にとって」と語り、無惨に殺される。教会の神父は、ソーンに協力を求められると絶望した表情で「主イエスよ…」とだけつぶやき、やがて懺悔室で暗殺される。神の名前が登場するたびに、物語は悲劇的な方向に舵を切って進んでいくのだ。

そしてソルもまた、「神とは?どこに神が?」と他のブックに問われると、「ホームにある」と言い残してその場を去り、安楽死させてくれる場所…ホームに駆け込む。もはや神が見守ってくれる安住の地は、死後の世界にしかない。ベートーヴェンの交響曲第6番「田園」やグリーグの「ペール・ギュント 第1組曲 朝」の音楽にのせて、この地球から失われてしまった大自然の映像がスクリーンいっぱいに広がり、彼は歓喜にむせびながら息を引き取る。

『ソイレント・グリーン 《デジタル・リマスター版》』©︎2024 WBEI

筆者が『ソイレント・グリーン』で最も不穏さを感じるのは、映画全体のバランスを崩しかねないほどに尺が長い、この安楽死のシークエンスだ。ソーンがソイレント社の工場に忍び込み、銃撃戦を繰り広げるクライマックスよりも、死を受け入れることで神を見出そうとする老人の姿のほうが、はるかに脳裏に焼き付いている。天国のような音楽と天国のような映像を垣間見せることで、フライシャーはこの世の地獄を逆説的に暴き出す。そこに、黒沢清がいうところの「過激さ」が潜んでいる。

実は撮影当時、ソルを演じたエドワード・G・ロビンソンは膀胱癌を患っていて、本人はこの映画が最後の作品になることを知っていた。ほとんど耳も聞こえないような状態で、フライシャーの「カット」の声に気づかず、芝居を続けることもしばしばあったという。この安楽死のシーンが人生最後の演技となり、映画の撮影が終わって10日後に彼はこの世を去る。ソルの自殺を止めることができなかったソーンは涙を流すが、それはエドワード・G・ロビンソンの病状を知っていたチャールトン・ヘストン自身の涙でもあった。2008年のインタビューで、ヘストンはこう語っている。

「『ソイレント・グリーン』は、私がこれまで出演した映画の中で最高の作品でした。エディ(ロビンソン)のおかげです。彼は素晴らしい俳優であり、素晴らしい人物でした。彼はこの映画で最高の演技を披露しています。彼は死期が迫っていて、そのシーンでも亡くなることになっていました。彼と話していて、私は涙が出た。メイクをして衣装を着て、映画のためにセリフを言うことはもう二度とないと知りながら、そこに横たわっていることが俳優としてどんな気持ちなのか、想いをめぐらせてしまったからです」(*1)

モラルの失墜


『ソイレント・グリーン』の原作は、ハリー・ハリソンが1966年に発表したSF小説「人間がいっぱい」。およそ6年にわたって彼は公害や人口問題についてリサーチを行い、30年後にどんな未来が待ち受けているのかを予測。考えられる限り最も最悪なシナリオを元に、ディストピアSFを書き上げた。チャールトン・ヘストンとプロデューサーが小説を読んで気に入り、映画化が決まったのである。だが、原作に大きな改変が施されたため、原作者と製作会社のMGMの間には大きな隔たりが生じてしまった。ハリー・ハリソンはその怒りを隠さない。

「ハリウッドはいつものやり方で、原作者をぞんざいに扱った。映画化権を買ったのがMGMであることを隠すためにダミー会社が設立され、著者が脚本をコントロールできないように契約書が作成されたんだ」(*2)

だがその一方で、完成した映画には一定の評価も与えている。

「この映画に半分は満足している。小説のメッセージは届いていると思う。メジャーなスタジオが製作したメジャーな映画を見るのは、エキサイティングな経験だった」(*3)

最大の改変ポイントは、合成食品の正体が人間だったことだろう。ラストでソーンが叫ぶ「Soylent Green is People!」(ソイレント・グリーンは人肉だ!)は、アメリカン・フィルム・インスティチュート(AFI)が選んだ「アメリカ映画の名セリフベスト100」にもランクインされているほどに、インパクトが高い。特権階級のアパートには“家具”と呼ばれる美しい女性が常駐しているという設定も、映画のオリジナルだ。

『ソイレント・グリーン 《デジタル・リマスター版》』©︎2024 WBEI

そこから浮かび上がってくるのは、モラルの失墜。それは主人公のソーンも例外ではない。捜査と称して、“家具”のシャール(リー・テイラー=ヤング)とベッドインしてしまうのは、彼女をひとりの人間として見ていないことを指し示している。溢れかえる群衆のなか、暗殺者の誤射によって罪のない人々が次々と撃たれていくとき、誰ひとり被害者をケアしようとしないのも、無気力と倫理観の欠如を表したものだろう。

表面的には、本作は謎の殺人事件を捜査するサスペンス・アクションとして構築されている。だがその皮を一枚めくると、露出されるのはアンモラルで風変わりなディストピアSFだ。職人監督リチャード・フライシャーが、過激な映像作家であることを知らしめた一作が、この『ソイレント・グリーン』なのである。

(*1)https://www.hollywoodreporter.com/feature/soylent-green-food-people-twist-planet-dark-secret-1235348174/

(*2)、(*3)https://www.tcm.com/this-month/article/406/

文:竹島ルイ

映画・音楽・TVを主戦場とする、ポップカルチャー系ライター。WEBマガジン「POP MASTER」(http://popmaster.jp/)主宰。

作品情報を見る

『ソイレント・グリーン 《デジタル・リマスター版》』

5月17日(金)よりシネマート新宿ほか全国順次ロードショー 中

提供:キングレコード 配給:コピアポア・フィルム

©︎2024 WBEI

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