【社説】米臨界前実験 「核なき世界」口先だけか

核兵器なき世界を目指すというバイデン米大統領の言葉は偽りだったのか。強い怒りと失望を禁じ得ない。

米エネルギー省核安全保障局(NNSA)が、核爆発を伴わない臨界前核実験を実施し、成功したと発表した。

バイデン政権では2021年9月以来、3回目である。NNSAは、爆発を伴う全ての核実験を禁じる包括的核実験禁止条約(CTBT、未発効)には抵触しないと説明している。

爆発を伴うかどうかを問わず、実験は核兵器の使用を前提とした行為であろう。到底容認できない。

NNSAが主張するように核弾頭の安全性維持などのために必要な実験だったとしても、最悪のタイミングだ。

ウクライナ侵攻を続けるロシアのプーチン大統領は、核兵器使用の脅しをかけ続けている。ロシアは昨年11月にCTBT批准を撤回した。イスラエルでは、閣僚がパレスチナ自治区ガザに核爆弾を落とすのも選択肢だと発言した。

アジアに目を転じると、台湾統一を目指す核保有国・中国が軍拡を進め、周辺地域への軍事的圧力をエスカレートさせている。北朝鮮でも核開発が着々と進む。

世界屈指の核兵器保有国である米国が実験に踏み切ったことで、核開発競争に拍車がかかることが憂慮される。

世界は対立と分断を深め、各地で緊張の度合いが増している。にもかかわらず、NNSAの副長官は「実験の頻度を増やす計画を立てている」と述べ、今後の継続を表明した。信じ難い発言だ。即時撤回を求める。

核実験は被爆者の願いも踏みにじった。

昨年5月、被爆地・広島で先進7カ国首脳会議(G7広島サミット)が開かれ、首脳たちは核兵器のない世界の実現を確認し合ったはずだ。それからわずか1年である。

G7首脳は原爆資料館を訪れ、被爆者の体験を聞き、被爆の実相の一端に触れた。資料館の芳名録に「世界から核兵器を最終的かつ永久になくせる日に向けて共に進もう」と記したのは、他でもないバイデン氏だ。

広島、長崎はあと2カ月半で被爆79年を迎える。今回の実験に対して被爆者は抗議の声を上げた。私たちもその怒りを共有する。

日本は米国の「核の傘」に守られているという現実がある。一朝一夕に核兵器廃絶が実現できるほど、生易しい国際情勢ではない。

それでも具体的な行動を継続しない限り、人類共通の脅威である核兵器がなくなる日は永遠に訪れない。

G7広島サミットで議長を務めた岸田文雄首相は、核兵器廃絶がライフワークだと公言する。この1年、実現に向けてどう行動してきたか。

被爆国の政府として米国に抗議し、追加実験をやめるよう働きかけることこそ、首相の責務である。

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