【コラム・天風録】台湾の新たなリーダー

 太平洋戦争の開戦翌年の1942年5月、大型客船が広島の宇品港を離れた。波穏やかな瀬戸内海を経て、フィリピンに向かうが、長崎の五島列島沖で米国の潜水艦に撃沈される。海に消えた800人以上の中に土木技師の八田與一(はった・よいち)もいた▲その10年余り前、台湾で烏山頭(うさんとう)ダムを完成させ、南部の不毛な土地を豊かな穀倉地帯に一変させた。毎年5月8日の命日に台南市にある銅像の前で墓前祭が開かれている。慕う人が今も多い証しだろう。きのう総統に就任した頼清徳氏も、その一人▲台南市長になった2010年以来、毎年参列している。今年の墓前祭で八田の銅像に花を手向ける写真が記事と並んで、生まれ故郷石川の北國新聞の1面に載っていた。台湾と石川が今年、大地震に見舞われたことで縁は一層深まった▲気になるのは中国との関係だ。前政権に倣って、頼氏は統一も独立も求めない「現状維持」を宣言した。武力での統一を否定しない中国が相手だけに、先行きは波穏やかではなさそうだ▲頼氏を支える副総統は神戸市生まれ。日本びいきの政権となるのは間違いあるまい。力を合わせて、アジアを対立から豊かな交流の海に一変させられないものか。

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