小説=流氓=薄倖移民の痛恨歌=矢嶋健介 著=141

 田守は、胸を押さえてふらつくジョンを強引に促し、他の二人を気にしながら歩き出した。一緒に行動したジュアレースが走ってきた。

「バスチョンはどうした」

「殺られたらしい。どこにもいない」

「仕方ない。置いて行こう」

 言って、田守は急ぎ足に、昨夜乗り捨てた車の方角へ歩いた。

「これから、一体どこへ行くつもりなんだ」

 ジョンが訊いた。

「どこでもいい。とにかくこの場所を早く離れることだ。お前たちは、全くひどい。俺をこんな事件に巻き込みやがって」

「無事に済んだからいいじゃないか。俺たちはターヴォラ耕地には恩義があるんだ。田守は何も知らんが、加勢してくれたから俺たちの仲間だ」

「そういうことにしておくか」

 

(八)

 

 国道はよく整備されていて、車の走行が快適だった。原始林のトンネルをくぐって行くと、耕作地が拓けている。緑の絨毯を敷きつめたような丘の起伏が続く。放し飼いの牛馬が牧草を食んでいる。貧しい民家が見え、ゴーギャンの絵にあるような半裸の子供や娘らが、物憂げに笑っている。かと思えば、裸木や灌木のオブジェの荒蕪地帯を何時間も走った。日は西に傾いていたが、まだ暑い。右前方にシュラスカリア(焼肉専門店)と看板を掲げた赤煉瓦の建物が見えてきた。給油スタンドも兼ねている。田守は給油と腹ごしらえのために立ち寄った。

 スタンドの傍で五、六人の人だかりがあった。覗いてみると七、八メートルもありそうな大蛇が投げ出されていた。

「こ奴が昨夜、うちの鶏を呑みやがった。白く乾いた蛇行の跡をつけて川岸まで下りたら、長ながと寝そべっ ていたんだ。早速鉄砲を食らわせると、ギュギュとのたうって水中に逃げるところをもう一発見舞ってやった」

 顔中髭だらけで、眼だけ光っている男が得意げに話している。

「どおりで腹が少しふくれてらあな」

 田守は、巧みな地方訛りで、男に話しかけた。

「君、日本人らしいが、この大蛇を持っていかないか。東洋人は蛇が大好物だと聞いている」

「いや、こんな大味な奴なんか要らねえ」

© BRASIL NIPPOU