「なぜ“暗殺の危険”の中でも音楽を続けられたのか?」ボブ・マーリーの壮絶半生を描いた監督が語る!本物のレゲエ伝説『ボブ・マーリー:ONE LOVE』インタビュー

『ボブ・マーリー:ONE LOVE』© 2024 PARAMOUNT PICTURES

レゲエ・レジェンドの真実を描く音楽映画

レゲエのレジェンド、ボブ・マーリーの伝記映画『ボブ・マーリー:ONE LOVE』が5月17日(金)から全国で公開中。もし“レゲエ調のポップス”を本当のレゲエだと思っている人がまだいるとしたら、ぜひ観てレゲエ本来の熱さを知ってもらいたい音楽映画だ。

ボブ・マーリーという巨大な存在の複雑な生い立ちや、暗殺の危機もあった人生をどのように構成していったのか。『ドリームプラン』(2021年)などで知られるレイナルド・マーカス・グリーン監督に聞いた。

「リタはまだ、まるでボブが生きているかのようにボブの話をします」

―映画の冒頭、1976年の分断を防ぐコンサートの記者会見のシーンで、記者がボブ・マーリーに「音楽で暴力が止むと思うか?」と質問します。ウクライナやガザなど紛争がニュースになっているいまだからこそ、ボブの人生の中でも特にこの時期をフィーチャーしたのでしょうか?

確かにそういう理由もあります。同時に、暗殺未遂のあとボブに起こったことが重要だったからです。彼の音楽は、この政治的な瞬間からインスパイアされているんですよ。そしてボブはジャマイカのスターから世界のスターになったんです。彼はジャマイカだけじゃなく世界に向けて彼の音楽を届けてくれて、その音楽によって彼はTシャツやバッジになるようなアイコン、レジェンドになったんです。誰かが自分を殺そうとしているとなったらみんな隠れようとすると思いますが、ボブがしたのは正反対のことで、彼の音楽に力を注ぎこんだんです。

映画というものは、世界中どこでも、社会問題に声を与えるものなんです。例えば『オッペンハイマー』は我々がどんな社会に生きているのかに光を当てたし、『バービー』はフェミニズムについて語っていますよね。それで人々は立ち上がって声を上げ、革命を起こせるわけです。この映画で、次世代の人々にボブの音楽に出会ってもらえたらうれしいですね。

―ボブの女性問題や妻であるリタの葛藤を描いたのは、彼の偶像化を避けるためでしょうか? それとも#MeTooムーブメントによって女性側の視点や意見を取り入れやすくなった影響もあるのでしょうか?

面白いことに、最初の脚本ではリタはここまで主要なキャラクターじゃなかったんですよ、私がリタの本を読んでみるまでは。読んでマイアミに行って、彼女に会って一緒に過ごしました。何よりも第一に、彼女がどれだけボブに尽くしたか知りました。リタはまだ、まるでボブが生きているかのようにボブの話をします。ボブが亡くなった年に私は生まれているので、亡くなって42年なんですよ。誰かを愛するということがそんなにも長く続くなんて。それがもう驚きだし、滅多にないことですよね。彼女はいまだに彼の音楽の思想とメッセージに恋しているみたいなんです。そういうことからインスピレーションを受けました。

彼女の本を読めば、ボブを知っているような気持ちになります。何よりも彼女が、ボブがいたその現場にいたということ。彼女は彼との間に何人も子どもをもうけ、バンドのメンバーでもありました。だから彼女独自の視点が必要で、彼女の存在が感じられない映画なんて考えられなかったんです。

(リタ役を演じた)ラシャーナも、役作りでリタに助けてもらいました。二人の関係性についてはボブの長男ジギーからもかなり時間をかけて聞きました。多くの人にいろいろな助けをもらったわけですが、リタが重要だったのは物語としても歴史上の真実としても、ボブを「ラスタファリアニズム」に引きこんだのが彼女だったことです。それこそリタがもたらしたものだったのです。

ラスタファリアニズムなしに彼らの音楽を語ることはできません。それなしでは彼らの音楽はまったく別物になっていたでしょう。ボブはリタが基礎を教えたラスタファリアニズムのスピリチュアルなメッセージに人生を捧げたわけですから。だから、彼女の存在が我々には重要だったのです。

「ジギーとスティーブン・マーリーが音楽面でものすごく協力してくれました」

―リタやジギーから聞いて、印象的だったけれど映画には盛り込めなかったエピソードはありますか?

ちょっとトリッキーな質問ですね、それはないです。ボブの私生活すべてが知られていたわけではないですが、スターだったからある程度は知られています。隠さなければならないようなことはないけれど、ボブの嫉妬心については初めて知りました。彼が嫉妬を抱くような人だとは思わなかったのですが、遺族にとってはそこを描くのも大事なことだったんです。

―ではリタ、ジギー、セデラたち遺族からどんな協力を得たか具体的に教えていただけますか?

それぞれ違う形でいろいろ協力してくれました。ジギーは毎日セットに来てくれました。セデラとリタとはそんなふうに毎日会えたわけではなくて、セデラとリタに実際に会ったのは、共同脚本家のザック・ベイリンとスクリプトを書いていたときでした。彼女たちに会ったときは、祝福を受けたような気持ちでした。映画の中の女性キャラをしっかりしたものにするために、ずっと会いたいと思っていたんです。当時どんなことを大切に思っていたのか、ボブを思い出すのはどんなときか、エピソードを聞かせてもらいました。

ジギーはミュージシャンなので、音楽監督の次男スティーブン・マーリーと一緒に音楽面でものすごく協力してくれました。スピリチュアリティは物語的にも本当に重大な要素ですが、ジギーにとっては最重要事項でした。だから、それをどのように映画に入れこむかをかなり話し合いました。

セデラは主に衣装面で、ラシャーナの衣装や髪型の監修をしてくれました。彼女は衣装に一家言あって、ターバンがどのように巻かれていたか、どんな模様だったかなど時代に合ったものを教えてくれました。

でも、ジャマイカ英語(パトワ語)の問題がいちばん大変でしたね。キングズリーにはジギーと(実際にボブ・マーリーのアルバムをデザインした)アート・ディレクターのネヴィル・ギャリックがつきましたし、ほかの家族も協力してくれました。ジャマイカ人女優のフェイ・エリントンも毎日セットに来てくれました。歴史的に正しい言葉やイントネーションを教えてくれるんです。多くの人がいろいろな形で協力してくれて、野球に例えるとするなら、私が監督だとして最適な判断ができるように、バッティングコーチがいて、ベンチコーチがいて助けてくれるっていう感じですかね。最終的な判断は私がするんですが、そこに至るまで多くの人に助けてもらいました。

「Tシャツになっているボブのことは忘れて、人間としてのボブについて考えるようになる」

―ボブ役にキングズリー・ベン=アディルを起用した「最大の決め手」を教えて下さい。

じつはジャマイカだけじゃなく、カリブ海諸国でもボブ役の候補を1年近く探したんですよ。できることは全部やったけれど全然見つからなくて、正直なところ、もう候補がいなくなっていたんです。キングズリーの作品は見ていなかったんですが、そんなときに彼のテープを見てすごく感動して、彼ならできるんじゃないか? と。見た目もいいし、才能もある。ジャマイカ英語のことはよくわからないけど、彼はそれもできそうだった。彼にはカリスマ性も存在感もありました。それですぐに会いに行ったのが最初です。

ドレッドでこそなかったものの、彼ならやれると確信しました。彼は背が高いけれど、ボブはそういうタイプじゃないから少し痩せてもらえればOKなんじゃないかと考えました。それにいい俳優を選べば、あとのことはなんとかなるとわかっていましたしね。

それで、有名なミュージシャンを演じたことがあるオースティン・バトラー(『エルヴィス』[2022年]:エルヴィス・プレスリー役)や、それこそラミ・マレック(『ボヘミアン・ラプソディ』[2018年]:フレディ・マーキュリー役)からも話を聞かせてもらって、どうやって変身したのか教えてもらったんです。どのようにギターを弾いたのか、どう歌ったのか、どう写真に撮られたのか、ということを。それらを同じようにやってみました。ただ出来うる限りの情報を集めまくったんです。必要だったのはそれをやる気がある俳優というだけだったし、キングズリーにやる気があることもわかっていました。

やらなければならないことは多かったけれど、彼をサポートすればいい結果が出ると信じていて、実際ものすごくいい仕事をしてくれたと思います。素晴らしい俳優です。ジャマイカ英語も動きも、ダンスも素晴らしかったし、たゆまず努力してくれました。

―キングズリーがカリブ系のルーツを持っていることは考慮されましたか。

ルーツはあまり考えていなかったと思いますが、ボブ自身ミックスであって、白人の父に捨てられたことが重要な要素だったので、俳優もミックスであることは必要条件でした。白人の父がいたというボブの複雑さが、彼の世界とのコミュニケーションや彼のその後の人生の旅路と関わってくるので。それでミックスの俳優を探していて、それこそ最初はジャマイカ人から探していたのに、ジャマイカでは見つからなかった大きな理由でもありました。だからキングズリー以上にいい俳優が見つかったとは考えられません。

彼は素晴らしかった。ラミ・マレックはフレディ・マーキュリーに全然似ていないけれどオスカーを獲れましたよね。だから私はキングズリーがベストだったと思っています。キングズリーをある角度から見ると、ボブそのものではないけれどボブのアクセントがある。Tシャツになっているボブのことは忘れて、人間としてのボブについて考えるようになる。それがキングズリーのパフォーマンスなんです。観客は「ああ、確かにボブだ」と思う。ある種、手品のトリックみたいに。

―リタ・マーリー役のラシャーナ・リンチはいかがでしたか?

ラシャーナは素晴らしいですよ。彼女はイギリス人だけどジャマイカ系なんです。そこも重要でした。しかも彼女はミュージシャンでもあって、歌うこともできた。とんでもなく才能に恵まれているんです。俳優としてすごく努力してくれたし、キングズリーとのケミストリーもありました。ラシャーナをキャスティングする前に、二人に同じ部屋に入ってもらってみたんです。彼女もキングズリーも背が高い。すごく似合いのカップルだったんです。

ラシャーナは深みを感じさせてニュアンスを掴むことが巧みな俳優で、リタと娘のセデラにも会って、役のリサーチに時間をかけてくれました。ジャマイカ系である彼女にとっては、歴史的に正しく演じることが重要だった。だから主演俳優にぴったりの俳優を見つけることができたわけです。

「どんな映画も暴力を止めることはできない、けれども……」

―ボブがザ・クラッシュの「白い暴動」をクラブで聴いたあと、パンクスをトレンチタウンのラスタになぞらえるシーンがあります。監督はパンクなども聴かれましたか?

史実としてボブがパンクスと交流があったところから、カルチャーとして面白いと思ってシーンに入れたんです。時代考証の一部ですね。本当にボブはクラッシュのライブを見ていたし、当時のロンドンでは音楽シーンだけじゃなく、社会的抵抗の空気があって、人々に影響を与えていた。そうしたことも描きたかったんです。

―監督ご自身はどんな音楽を聴いてらっしゃるんですか?

じつはパンクはあんまり聴いていなくて。ボブの音楽は子どものころから知っているし大好きですが、じつはジョン・メイヤーとか、もう典型的な聴きやすい音楽を聴いちゃってますね(笑)。でもラテンからインプロビゼーションまでなんでも聴くし、あとはザ・ビートルズなんかもよく聴きますよ。

―最後にシリアスな質問をしますが、もし監督がご自身の作品について、本作冒頭の記者会見シーンと同じような質問を受けたら、つまり「映画で暴力を止められると思うか?」と聞かれたら、どのようにお答えになりますか?

No, No, No, どんな映画も暴力を止めることはできません。でも、映画はそのように働きかけることはできるんです。次世代をインスパイアすることが。いま目の前で起こっている暴力は止められないかもしれないけれど、次世代の若い人々に変革を起こすことは確かにできると思っています。

もっと重要なのは、集団に訴える力があるということです。それが行動に結びつくまでには時間はかかりますが。それを問題視するのはあなた一人ではないんだと伝えることができます。そして価値観が近い映画が次々創られれば、潮流として人々を現実の社会問題に目を向けさせることもできるようになりますし、それが大事なことなんです。ある種、インパクトを起こすことが希望につながるんです。

取材・文:遠藤京子

『ボブ・マーリー:ONE LOVE』は全国公開中

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