日本円の価値崩壊へのカウントダウン…国内全上場企業株「5割」を保有する“大筆頭株主”が打った「危険な一手」の行方に注目【経済のプロが警鐘】

(※写真はイメージです/PIXTA)

現在はどこもかしこも物価高。市井の人は家計を、富裕層は資産を直撃され懐を冷やしています。現在のようなインフレが起こったなら、金利を上げて物価上昇を抑制するのが経済学の基本セオリーです。にもかかわらず、思い切った利上げに踏み切らないのはなぜでしょうか? 本記事ではその理由と、日本円の価値が著しく低下している根本原因について経済のプロが解説します。

終わりの見えない物価高、止まらぬ円安

2023年4月、日銀の総裁が黒田氏から植田和男氏に変わりました。歴代最長の10年間にわたり総裁を務めた黒田氏が退いたことで、日銀の方針に何らかの変化が起きる可能性がありましたが、今のところは従来の路線が継続されています。

そうしたなか、2023年に入ってから1年足らずで1ドル110円台から150円程度まで円安が進み、インフレも加速しています。物価が高騰するなかで賃金の上昇が追いつかず、国民の生活はますます苦しくなっています。

このような状況においては、金利を上げて物価上昇を抑制するのが経済学のセオリーです。実際、インフレが進むアメリヵなど海外の中央銀行は軒並み政策金利を上げていますが、日本だけは金利を上げられずにいます。

インフレでも金利をあげられないワケ

その理由を端的に言えば、「金利が上がると日銀が困るから」ということです。日銀は国債を買い入れる一方で、国内の民間銀行から当座預金という形で資金を預かっています。つまり、日銀にとって国債は資産であり、当座預金は負債にあたります。この当座預金は本来無利子ですが、2008年11月以降は世界金融危機対策として金利がつくようになりました。

これにより、日銀は資産である国債につく金利収入と、負債である当座預金に支払う利息との間で、「利ザヤ」を稼げる構造になっています。ところが、日銀は2016年から10年国債金利をゼロ%近辺に抑えつけるイールドヵーブコントロール(YCC)を行うことで市場金利を引き下げてきたため、十分な運用収益を得ることができていません。2022年9月末時点で、日銀が保有する国債などの資産による運用利回りはわずか0.19%です。

この状況において、日銀が短期の政策金利をたった0.2%に引き上げるだけで、運用利回りを利払いが上回る「逆ザヤ」の状態になってしまいます。仮に短期の政策金利を1.2%引き上げたとして試算すると、日銀に年間5兆円ものコストがのしかかる計算です。日銀の自己資本が11兆円強しかないことを踏まえると、このコストがいかに重たいものなのかをご理解いただけると思います。

日本円は世界から相手にされなくなりつつある

このように、日銀は債務超過に陥ることを避けるために、十分な利上げに踏み切れない状況にあります。今後想定されるのは、日本円が通貨としての信用を失うということです。日銀が金利を上げられず、インフレが加速してしまえば、日本円の価値は著しく落ちていきます。

行きすぎたインフレは「国民の資産の目減り」につながります。もちろん、インフレによって賃金や預金金利が上昇する可能性はありますが、時間がかかります。つまるところ、インフレのメリットを感じられるのは、借金を抱える人などごく一部の人にとどまるのです。

大多数の日本人がインフレで被害を受け、すでに日本で大きな資産を蓄えている富裕層にとっては死活問題となりかねません。

大手民間企業の株の半分を日銀が保有~「特殊すぎる」ねじれた日本経済~

2023年5月17日、日経平均株価が3万円台を回復しました。3万円超えは1年8ヵ月ぶりであり、日本経済に関しては珍しく明るいニュースとなりました。

しかし、日本の株価についても相変わらず不安材料が眠っています。というのも、日本の株価は〝官製相場〟と呼ばれており、日銀が日本の株式に莫大な投資を行った結果、この株価になっているからです。

日銀は、「株価安定」という名目の下、日本株式のETF(上場投資信託)の買い入れをつづけており、2020年3月まで時価31兆1,728億円ものETFを日銀が保有する事態になっています。『日本経済新聞』(2019年4月17日付)によると、日銀は今や上場企業23社の筆頭株主であり、しかも全上場企業の5割で上位10位以内の大株主なのです。日本の上場企業の多くが、ある意味で国営企業になりつつあるという、異常な状況が生まれています。

さらに、コロナ禍での株価安定のために、2020年3月16日に行われた金融緩和では年間6兆円としていたETFの買い入れ額を倍の12兆円まで引き上げました。そして、今では日銀が買い入れたETFの時価は51兆円強まで増えており、これは旧東京証券取引所第一部の株式の時価総額の約7%に相当する水準です。

前述したとおり、日銀は利上げに踏み切れず、保有している国債からの金利には期待できません。そのためETFからの収益は日銀の経常利益を支える重要な柱となっているのですが、株価が急落してしまえば、日銀は危機に陥る可能性があります。ETFは時価評価されることになっているので、簿価を下回れば損失に相当する引当金を計上しなくてはなりませんから、株価の下落によって日銀の財政は赤字に転落してしまうのです。

日銀のもっている株を売るとどうなるか?

では、日銀は株価が下がる前に株式を売ればいいかというと、ここにも問題があります。アベノミクスが始まってから実際に日本の株価は上がってきているので、そうした株式を日銀が手放すとなれば株価は下がってしまいます。そうなれば株主を中心に批判が巻き起こることは必至ですから、日銀としては批判をおそれて、売却をしにくいのです。

「危険な賭け」の行方に注目

ここまでの話をまとめると、日銀は株を保有し続けても、売却しても、問題に直面します。もっとも、このような問題が起きることは最初からわかっていたことであり、だからこそ、世界の主要中央銀行は、コロナ禍などの未曾有の危機のなかにあっても日銀のような株式ETFの買い入れには決して手を出しませんでした。

日銀が行ったETF買い入れには「これが正解」という出口戦略がなく、どのような形で結末を迎えるのかは、誰にも予想できません。私たちはアベノミクスがスタートした頃から「危険な賭け」と考えていましたが、その結果はこれから明らかになることでしょう。

髙島一夫

株式会社T&T FPコンサルティング

代表取締役社長CFP

髙島宏修

株式会社T&T FPコンサルティング

取締役CFP

西村善朗

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