プレミアリーグ現地ファンに疎まれる存在? 「プラスチック・ファン」とは一体誰のこと??

貧困化が進んでいるイギリス国内のフットボールファンにとって、プレミアリーグのチケット代の高騰は死活問題だ。そのような問題が顕在化するなかで、「Plastic fan(プラスチック・ファン)」という言葉が改めて注目を浴びているという。イングランドフットボールを愛する思いは同じはず。ローカルのファンとグローバルのファンの間に生まれる溝は埋めることができるのだろうか?

(文=内藤秀明、写真=AP/アフロ)

ローカルのファンとグローバルのファンの間で起こっている問題

イギリスのフットボールファンが、現地に訪れる海外からのサポーターたちを、“Plastic fan(プラスチック・ファン)”と呼ぶことがあるという。プラスチックとは、日本語の意味で知っている通り、合成樹脂の意味を指す場合もあるが、今回の場合はスラングで使われる“偽物”というニュアンスのほうが正しいかもしれない。

筆者自身、イングランドフットボールが好きで、マンチェスター・ユナイテッドファンだ。だからこそ、同じリーグや、クラブを愛する仲間と思いたい人たちから、このようなニュアンスで呼ばれることは非常に悲しいし、寂しいというのが率直な気持ちだ。

しかもこの排他的にも思える言葉を使うのが、一部の酔っ払った差別主義者だけというわけではないのだから、問題は深刻だ。

ただ筆者としては、現地のファンを敵扱いして分断を煽りたいわけではない。もちろん問題というのはほとんど何事においても、どちらにも非があるものだ。

円安の壁こそあるものの、コロナ禍による海外渡航規制もなくなり、現地観戦することが増えた。そんな今だからこそ改めてローカルのファンと、グローバルのファン同士で起こっている問題について知ってもらいたい。往々にして問題は、認識齟齬(そご)や相互不理解から起こるものなのだから。

“プラスチック・ファン”という言葉がなぜフォーカスされたのか

この呼び名は以前からあったものだろうが、注目を浴びたきっかけは、今年3月におこなわれたトッテナムでの記者会見だ。

シーズンチケットが6%値上げされた件について、現地の記者がアンジェ・ポステコグルー監督に尋ねる中で、「観光客や“プラスチック・ファン”と呼ばれる、最も高いお金を払ってでも観戦に来ようとするファンを集めることを優先しているのか」と問いただしたのだ。

これに対してフットボール不毛の地と揶揄されることもあるオーストラリア出身の監督は「厳しい意見だね。なぜかというと、私もおそらく“プラスチック”であり、“ツアリスティー(観光客的)”だからだ。世界の真逆からきたが、本当にフットボールに夢中だ。もしプレミアリーグを見ることができるなら、他に何もいらない」と返答。

続けて「もしかしたら、彼らがサポートし始めたのはここ2年くらいかもしれない。わからない。でも、だからといって、彼らが何者であるかということを否定することにはならないと思う。世界の反対側に住んでいるからといって、プラスチックや観光客というレッテルを貼るのはフェアではない。このサッカークラブには世界中にサポーターがいるし、イギリス中にもサポーターがいる。わざわざ地球の裏側まで来てくれるファンを(プラスチック・ファンと呼ぶのは)本当に失礼だ。彼らがどれだけサッカークラブに情熱を注いでいるのか、あなたにはわからない」と反論した。

正直に言うと、“プラスチック”の一員である筆者としては、このコメントに救われる思いがした。ポステコグルーの戦術家としての一面は好みや賛否両論もあるのだろうが、アドリブでこのコメントが出てくるスピーチ力やカリスマ性はやはり、プレミアリーグのトップクラブのマネージャーに相応しい格を持っている。英国人風に言うならば「Class(気品がある)」と言うべきか。

ただし問題はここからだ。「グローバルとローカルファン、みんな同じサッカーファンなので仲良くしようよ」と言うは易しだ。このシチュエーションで、トッテナムの監督が威厳たっぷりにこの意見を表明したこと自体に意味はあるが、問題はそう簡単ではない。

ローカルファンの貧困とスタジアム離れ

そもそも、現在のイギリスは貧困化が進んでいる。例えばユニセフが発表した富裕国の子どもの貧困率は英国が最も高い水準で、20.7%もあるという。

そんな生活が苦しい現地の貧困層、労働者階級にとって、クラブのグローバル化とともに値上げされていくチケット代は、生活に大きな痛手を与えている。

英政府発表によると、2022年度会計でイギリスの1世帯あたりの年間可処分所得の中央値は3万2300ポンドとされている。月次だと約2700ポンドだ。また2024年2月の時点でのイングランドでの平均家賃は1276ポンドとされており、残り使える金額は月で1500ポンド程度しかない。年度がずれる上に家賃は中央値ではなく平均値のため厳密な金額ではないが、おおよその数字としては十分だろう。

この1500ポンドを現在のレートで円換算すると、約29万円になるものの、これは日本人感覚と実態に乖離がある。200カ国以上の生活費を調査しているウェブサイト「Expatistan」によると、ロンドンの物価は日本より、82%も高いという。この物価差を加味すると、実態としては15万円程度が、月に使える家賃以外の生活費だと考えたほうがいいだろう。しかも1世帯、つまりファミリーでこの金額だ。

さらに最貧困層世帯の5分の1の可処分所得の中央値は、14500ポンド、月に1200ポンドしかない。日本人感覚に変換するなら12万円程度だ。仮に家賃が半額程度かかるなら、一つの家庭は月6万円で生活しなければならない。フットボールは労働者階級のスポーツだと言われているが、メインターゲットの暮らしは苦しい。

一方、現在の各クラブのチケットはサッカーメディア『Goal』によると、例えばアーセナルで28.5〜103ポンド、チェルシーだと25〜71ポンドもする。なお地方だとやや安くなり、マンチェスター・ユナイテッドの場合36〜58ポンド程度だ。ただこれらの最低価格は、初期販売かつ、一部座席のみのチケット価格なので、クラブ公式のリセールで買うならさらに跳ね上がるし、一家4人で見にいけば、子ども料金を加味しても3桁ポンドは確実だ。

既にこんなにも苦しい状況にも関わらず、年間9%も家賃が上がり、チケット代も上がるのだとすると、現地のファンの反発が起こるのは当然だ。

この結果、イギリス国内では、現地の一部のローカルファンのフットボール離れが進んでいる。

この件に関して、10年以上、毎年複数回リバプールの町を訪れ、トータルの渡英回数が30回を超える熱狂的なリバプールファンであり、OLSC Japan(オフィシャル・リバプール・サポーターズ・クラブ・ジャパン)代表の、田丸由美子氏はこう語る。

「以前、道を挟んでアンフィールドの目の前に住んでいる老夫婦のご自宅にお招きされたことがあって、いろいろ話をしている中で、『今日は試合日ですし、この後、試合を見に行きますよね?』と聞いたところ、『僕はもう見に行けないんですよ、チケットが高すぎて』とおっしゃられていて、正直に言うと、ショックを受けました。だって日本人の私の感覚で言うと、アンフィールドの目の前に住めたら、毎試合ホームゲームを見に行けるし、憧れの生活じゃないかと思っていたんです。ただ実態としては、アンフィールド周辺は貧困層が多いのもあり、本当に地元の人々が試合を見に行けなくなっている実態がありました」

現地ファンにとってのフットボールとは

娯楽が多い日本人にとっては、「たかが一つの趣味」という感覚かもしれないが、現地の人々にとって、フットボールはただの趣味ではない。

田丸氏は「リバプールは2022年にクラブ創設130年を迎えました。その時に記念で出したアニメーションの冒頭にリバプールファンの少年が『130年前、私のひい・ひい・ひいおじいちゃんのトミーは、リヴァプールの初陣に立ち会った。7-1で勝った。悪くないスタートじゃないか?』と語り出すのですが、このアニメーションは、おじいちゃんは娘を今度連れて行くようになり、この娘が大きくなってまた息子を連れて行くようになり、それがずっと続いて自分が生まれたというストーリーで、アニメーションの最後は『私のひい・ひい・ひいおじいちゃんのトミーが、“レッズ”で本当によかったです』というセリフで終わります。このように現地では100年を超えるつながりがクラブとファンの間に、本当にあるんです」と語る。

またイングランドの2部から4部リーグが所属するプロリーグであるイングリッシュ・フットボール・リーグ(EFL)を専門的に取り扱うウェブサイト「EFLから見るフットボール」を運営し、今季は2部バーミンガム・シティの全試合を観戦したKei氏は、「現地のフットボールファンにとって、サッカーやスタジアムは絶対なくてはならないもの。そもそもイギリスはディズニーランドがないようなお国柄ですし、彼らにはフットボールしかないと言っても過言じゃない」と明かす。

田丸氏は「彼らが親から受け継いだクラブの試合を最初に見に行くのは、下手したら1歳とか2歳とか、物心がつく前なんです。そんな小さい頃から家族でスタジアムに通っているので、スタジアムは家庭内でのコミュニケーション手段であり、団欒(だんらん)の場でもあるんだと思います」と続けて語った。

こう聞くとイギリス内におけるフットボール観戦を、意訳するのであれば、昭和の日本における“家族でちゃぶ台を囲んで食事を共にする一家団欒の時間”に近いのではないだろうか。

このような神聖な場が、誰とも知らない人々に土足で踏み込まれているのだとすれば、無意識でマイナス感情を抱く気持ちはわからなくもない。

もちろん歓迎できることではないが。

グローバルファンによる“常識外”の行動が目につく問題

このようにローカルファンとグローバルのファンは、全員が全員ではないものの、感情的な分断を生みやすい構造になっている。それに加えてグローバルのファンは、ローカルのファンにとって“非常識”な行動をとることが多いこともまた、壁を作っている。

確かに筆者の感覚だと、観光客比率の高いスタジアムでは、チャントを歌うファンが少なく、イングランドのスタジアム特有の雰囲気が損なわれつつあることを、実体験として感じている。

田丸氏は他にも「例えば、スタジアムの周辺で、リバプールと対戦相手のハーフアンドハーフのマフラーを、非公式に販売されていますが、これを巻くことを現地のファンは良しとしていません。彼らとしては『対戦相手のロゴが入った装飾品を、身にまとう意味がわからない』という感覚です。試合の重要な場面でスマホで動画を撮っているグローバルファンが多いことも問題になっています。彼らにとってアンフィールドは闘う場所なので、大事な場面こそ、撮影をするのではなく声を出して選手を鼓舞してほしいと考えています。実際、サポーターズクラブの代表という立場があって、現地のファンから苦情をもらうこともあります」と現地ファンとの軋轢(あつれき)の実態を語った。

これに対してKei氏は「マフラーに関しては同意ですね。ただ動画撮影に関してはクラブによってそれぞれかもしれません。バーミンガムに関しては戦う場所という感覚まではないかもしれないです。ただ熱心に応援するエリアがあるのも確かなので、そういう場所に座っている場合は、それに合わせたほうがいいかもしれませんね。何よりせっかく現地に行くなら、現地ファンに同化して応援したほうが楽しいと思うし、いろんな学びもあると思います」と、応援しているクラブごとに文化があり、それぞれを理解しにいく重要性を語った。

一方で田丸氏は、日本人にとってプレミアリーグ観戦が観光の一面があることも理解しており、「もちろん記念で対戦相手とのマフラーを買いたい気持ちもわかるので、周りのリバプールファンには、『記念に購入するのもいいけど、それをスタジアムで巻かないでね』『記念撮影や動画撮影は試合前と終了後にしてね』と伝えています。また例えばリバプールやエバートンだと、貧困層に食事を寄付するフードバンクというシステムがあるので、スタジアムに行く際には、パスタや缶詰など、長期で食べられる食品を買って寄付しに行ってほしいと伝えています。そうすれば現地ファンと交流するきっかけにもなるし、グローバルファンがこういう風にローカルのために貢献する行動が少しでも増えれば、相互理解するきっかけになると思っています」と落とし所や、我々にできることを具体的に提案している。

イングランドフットボールを応援する最大の魅力

このように現地文化を知り、寄り添う努力をすることは決して簡単なことではない。言葉の壁もある。この原稿を読んで、プレミアリーグの現地観戦はハードルが高いと億劫(おっくう)に感じてしまったなら、生観戦は避けるという選択肢もある。事実、プレミアリーグは世界中からスター選手が集い、プレー強度も非常に高く激しいため、映像で見るだけで十分に楽しい。

その上で、せっかく現地に行くのであれば、もしかすると人生で一度かもしれないプレミアリーグ生観戦をしてみたいと考えるのであれば、現地文化を学ぶ意識を高く持ってもいいのかもしれない。

田丸氏は「現地に旅行に行くということは、単純に選手に会いたいというだけでなく、現地のことを知りたいという気持ちもあるはずだと思います。それならば、イングランドフットボールをより楽しむために、文化を理解してもいいんじゃないかな」と持論を語る。

Kei氏も「現地文化への理解を強制はできないと思っています。ただイングランドフットボールは、貧困問題、人種問題、性差別問題……さまざまな社会問題とリンクしています。だからこそそういう現地の問題に興味を持ったほうが、世界が広がって、単純に面白いと思います。今はGoogle翻訳など、翻訳ツールも発達しているわけですし」と本音を明かした。

もちろんグローバルファンが何か悪いことをしたわけではない。ただし今現在、“プラスチック”という言葉で顕在化しているように、ローカルとグローバルには確実に無意識の壁がある。ただこの相互不理解による壁を壊して、この熱狂的なコンテンツをお互い気持ちよく楽しむためにも、現地文化への興味関心を高く持っていいはずだ。

<了>

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