「ドジっ子看板」の味わい方。赤沼俊幸さんに伺う、社会を反映する看板の魅力

ドジをする子供たちのイラストと共に注意喚起を促す看板を「ドジっ子看板」と命名し、鑑賞する赤沼俊幸さん。これまで収集した2500人以上のドジっ子看板のデータベースをもとに、「どじた」というオリジナルキャラクターを生み出し、日々魅力を発信している。

赤沼さんに、ドジっ子看板の味わい方について、お話を伺った。

赤沼俊幸 1983年札幌生まれのドジっ子看板研究家。趣味の街歩きで発見したドジっ子に心を奪われ、2006年よりドジっ子看板写真を撮り続ける人生が始まる。収集歴は約18年。現在収集したドジっ子は2500人以上。 X

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人が「ドジ」をしがちな場所で、率先して注意喚起

車の前を自転車で走り抜ける子供。

道路に飛び出してしまったり、エレベーターに指を挟んでしまったり。さまざまな危険が潜む街中には、危険な目に遭いそうな子供たちのイラストと共に、注意を促す看板が立っている。赤沼俊幸さんは、そんな多種多様な「ドジ」をする子供たちの看板を「ドジっ子看板」と称して収集・研究している。

「間抜けな失敗をしてしまう子供のイラストで注意喚起する看板を『ドジっ子看板』と呼んでいます。子供だけでなく、煙草のポイ捨てや不法投棄、スマホのながら見など、大人に注意喚起をする看板も、広い意味で『ドジっ子看板』に含めています。

もともと旅行や街歩きが好きで、歩きながらさまざまなものの写真を撮っていました。中でも、お店のちょっと変わった看板や張り紙や神社の絵馬など、何かしら人が関わっているものが好きだったんです。

撮った写真を見返しているうちに、看板の中でドジをする子供たちがかわいいな、と思うようになりました。撮り集めていくと、服装や性別などの傾向も見えてきて。小さい同人誌やイベントで撮りためた写真を発表したところ、いろいろなジャンルの写真の中でも、ドジっ子看板の反応が特によかったこともあり、少しずつハマっていきましたね」

水辺で注意喚起する看板。よく見ると手足がどことなくアンバランス。

どんな街でも、人が「ドジ」をしがちな場所に必ずといっていいほど存在する、ドジっ子看板。身近な場所で出合えるというのは、大きな魅力だ。

「ドジっ子看板は全国各地どこにでもあります。街に出て10分、20分も歩けば、確実に出合える。遠くに旅行しなくても身近に存在するというのは、魅力の一つですね。

テレビでも動物が失敗する映像を映す番組がよくありますが、それと同じで、子供がドジをしてしまう様子は、純粋にかわいいですよね。最近の看板は洗練されつつありますが、手の形やサッカーボールの柄などが不自然だったりと、味のある手書き看板が結構あるんです。市区町村の名前が入ったオフィシャルな看板にも、おかしな看板があって。ツッコミどころがたくさんある謎めいたところも魅力です」

看板から社会の変化が見えてくる。

2006年に初めて撮影して以降、SNSなどで集まった投稿も含め、これまで収集したドジっ子は2500人以上。ITに精通している赤沼さんは、数千体のドジっ子たちを分析している。

柵に入ろうとする子供を必死で止めようとする犬。

「ドジっ子看板は大前提として、事故が起こりそうな場所に設置されます。例えば、お子さんが通学中に道に飛び出してしまう危険がある学校付近の通学路や交通量の多い道路では『飛び出し注意』の看板、河川敷や池などの水辺では溺れるドジっ子が描かれた看板をよく見かけます。マンションなどのエレベーターでは高い確率で『手を挟まないよう注意』の看板、工事現場などでは『立入禁止』の看板が見られます。また特に東京の公園では、『キャッチボール禁止』『花火禁止』など、禁止事項が羅列された看板も」

青い半ズボンに長袖、ツバ付き帽子はおなじみの服装。

「私が調べた中では、看板に登場するドジっ子の8割が男の子。中でも『青い半ズボン』に『つば付き帽子』をかぶっている子供が多いんです。おそらく、デザイナーの方が看板を作る際に思い描く『ドジをする子供』のイメージが反映されているのだと思いますが、それがどこから来ているのかは気になるところですね。

昭和に作られた看板には、青い半ズボンの男の子が多かったから、それを参照して描かれた現代の看板も同じような見た目になったのではと思われますが、最近の子供はあまり半ズボンは履かないですよね。看板の中では、『長袖』に『半ズボン』を着た子供が多いんです。考えてみると、その服装も結構不自然です。一つの答えはないと思いますが、データをもとに、なぜそうなったのか分析するのは面白いですね」

看板内の服装や行動などから、時代の変化も感じ取れる。

動物たちが登場する看板。

「昔の看板の子供たちはほとんど黒髪でしたが、最近の看板では茶髪の子供も増えています。

また、『ドジ=男の子』と決めつけるのはどうなのか、という感覚があるためか、男の子と女の子が両方登場する看板も増えています。ただ、1枚の看板の中で男の子と女の子両方に同じ数だけドジをさせるのは難しく、きりがないんですよね。そのため最近は、動物が登場する看板が増えています。動物にももちろんオスやメスはいますが、人間ほど性別を意識する必要はなく、なおかつかわいらしく親しみやすいので、今後はもっと増えていくと思います」

高齢者が登場する飛び出し注意の看板(写真提供:@Im_on_saturday)。

「最近は、高齢者の事故者数が増えていることもあり、杖をついた高齢者が登場する飛び出し注意の看板も増えてきました。高齢化社会の到来を感じます。

看板は、社会や日本をそのまま反映していることが分かりますね」

ドジっ子看板の「伝言ゲーム」

ドジっ子看板には、他の看板を参照して描くうちに絵柄が少しずつ変化していく「伝言ゲーム」のような現象も見られるという。

ボールを追いかける、白くてふわふわした物体の正体は……?

「ドジっ子看板を撮り集め始めた初期の頃、写真の看板を見つけました。最初に見たとき、子供の左側にふわふわしたものがあるし、足の描き方も不思議だし、車が遠ざかっているし、なんだか変な看板だな、と思ったんです。他の看板を見てその謎が解けました」

正解は、グローブを手にボールを追いかけているシーンだった。

「これが、もとになった看板です。男の子の左側にあったのはグローブだったということが分かります。

こうした『ドジっ子看板の伝言ゲーム』のような現象が、結構あるんです。今はインターネットで全国各地の看板を簡単に見られますが、ネットがなかった時代は、看板を依頼されたときに他の看板を参考にして描いたと思うんです。そうする過程で、描く人の技量によって、元の看板がどんどんと変化していったのではないかと考えています」

世田谷区を中心に首都圏で見られる「Tokyoダッシュくん」。

「有名なものでは、『日本飛び出しくん図鑑』(関将・タツミムック)という書籍で『Tokyoダッシュくん』として紹介されたドジっ子看板があります。最初に世田谷区に設置された看板が元になっていると思われるのですが、東京を中心に広がっていくうちに、汗が足されたり、服装が少しずつ変化したりと、伝言ゲームのようにどんどん変化していっているんです。千葉の松戸には、ソフトボールが登場した看板もありました。

こうしたドジっ子看板の元祖に、いつかたどり着きたいという夢はありますね」

オリジナルキャラクター「どじた」でドジっ子看板の魅力を発信

赤沼さんは、これまで見てきたドジっ子看板のデータを元に、「どじた」というオリジナルキャラクターも生み出した。

「ドジっ子看板をもっと発信していくにあたって、わかりやすいアイコンがほしいと思い、『どじた』というキャラクターを作りました。統計上多かった青い半ズボンとつば付き帽子を身につけた男の子です。

Xで『どじた』のアカウントを作って、当初は自分で撮影した写真を紹介していったんですが、不思議なことに、発信するたびに写真の投稿がどんどん集まってくるようにもなりました。今は『どじた』のアカウントで毎日1枚、ドジっ子看板の写真を紹介しているんですが、追いつかないペースで投稿が集まっていますね。

全種類のドジっ子看板が集まったらやめてもいいかと思っていましたが、未だに新作が出続けています。どんどん投稿が集まってくるのはうれしいですね」

漫画風のイラストで注意喚起する看板は、日本ならでは。

今後は、海外への発信も強化していきたいという。

「ドジっ子看板というのは、おそらく日本特有の文化。欧米では、ピクトグラムを使った注意看板はあるものの、漫画のようなイラストの子供が注意する看板は数が少ないんです。あるテレビ番組では、海外から日本に観光で来た人たちが、日本の看板が珍しいと写真に撮っている様子が映っていました。

ある時海外の方に話を聞いたところ、日本ほど漫画やアニメになじみがないので、アニメ風のイラストの子供に注意されることに違和感を覚えるからでは、といったことを言っていました。アジアでも、例えばたくさん買い物をしすぎた女の人がエスカレーターでこけている写真が載った看板など、実写看板は見たことがありますが、イラストの看板は少ないようです。

日本は昔からアニメや漫画が親しまれている国なので、おそらくイラストの子供が注意を促す看板が、自然に受け入れられたのだと思います。

ドジっ子看板の魅力を、もっと世界に発信していきたいですね」

お知らせ ドジっ子看板収集が趣味のドジっコレクター、どじたの公式Xアカウントでは
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取材・構成=村田あやこ

※写真提供:赤沼俊幸さん、@Im_on_saturdayさん

村田 あやこ
路上園芸鑑賞家/ライター
福岡生まれ。街角の園芸活動や植物に魅了され、「路上園芸学会」を名乗り撮影・記録。書籍やウェブマガジンへのコラム寄稿やイベントなどを通し、魅力の発信を続ける。著書に『たのしい路上園芸観察』(グラフィック社)。寄稿書籍に『街角図鑑』『街角図鑑 街と境界編』(ともに三土たつお編著/実業之日本社)。

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