従業員は78歳~88歳のおばあちゃん「死ぬまで働きピンピンコロリ」スタンフォード大学からも注目される”おばあちゃんビジネス”

ヒット商品を生み出すおばあちゃん

「ばあちゃん新聞」に「ユーチュー婆」「ばあちゃん運営の食堂」…”ばあちゃん”をキャッチコピーに次々とヒットを飛ばすベンチャー企業がある。福岡県の南東部に位置するうきは市の、のどかな山村を拠点とする「うきはの宝」だ。事務所兼厨房として使っているのは、少子化で閉園した保育園の園舎。朝9時になると、75歳以上のおばあちゃんたちが次々と出勤してくる。タイムカードを押して取りかかるのは干し芋作りの作業だ。

國武トキエさん(77)「こうやっておしゃべりしながらするから楽しいです」

内藤ミヤ子さん(88)「家でじっとしとったら体も動かさんで筋肉は衰えるでしょ?ここに来たら、いろいろ教わることもいっぱいあります」

笑顔で手を動かすおばあちゃんたち、ボランティアではなく、きちんと報酬を得て働く「うきはの宝」の従業員だ。週に3日程度の勤務で、時給941円~。経験や仕事の内容に応じて異なる。

おばあちゃんの知恵が詰まった干し芋は、60日間熟成させた自慢の逸品。今年「ふくおか6次化商品セレクション」で最高位の福岡県知事賞も受賞し、4か月で500万円を売り上げるヒット商品となった。甘くてジューシーなのが特徴だ。

プロデュースするのは地元出身の43歳

厨房でおばあちゃんたちと一緒に働くのは「うきはの宝」の社長大熊充さん(43)だ。大熊さんは5年前に「高齢者が働ける場所を作りたい」と、この事業をスタートさせた。創業当時から会社を支えるビジネスパートナーが國武トキエさん(77)。商品開発の企画から生産までを担うトキエさんは「うきはの宝」になくてはならない存在だ。

大熊さんがどんな人かおばあちゃんたちに聞いてみた。

國武トキエさん(77)「変な人!次々次々といろんなことを考え出して。ばあちゃんたちを振り回す。振り回すのが趣味なようで(笑)」

「うきはの宝」社長 大熊充さん「振り回すのが趣味じゃなくて振り回すのが仕事(笑)」

人生のどん底から救い出してくれたおばあちゃんたち

デザイナーとしても活躍する、福岡県うきは市出身の大熊さん。20代のころ、人生のどん底を味わった。バイク事故で大けがをし、4年間の入院生活を余儀なくされた。「人生終わった…」落ち込む大熊さんを励ましてくれたのが、同じ病院に入院していたおばあちゃんたちだった。

「うきはの宝」社長 大熊充さん「ケガして入院しているボクに同情するわけでもなく積極的にボクに話しかけてきて・・・。もう一回自分の人生を生きようというところまでおばあちゃん方のおかげで戻ってこれた。単純に恩返ししたいという思いが強かったというのもあります」

総務省の統計によると、福岡県うきは市の高齢化率は全国平均の29.1%を大きく上回る35.6%。大熊さんの周りには生活に困窮したお年寄りたちがたくさんいた。退院後、大熊さんはお年寄りたちの助けになりたいと、買い物や通院のための送迎サービスをボランティアで始めた。道中、おばあちゃんたちと話すうちに、「年金だけじゃ生活が苦しい」「生きがいが無い」この2つが共通する悩みであることがわかった。

「うきはの宝」社長 大熊充さん「『年金にプラスできる収入』と『生きがいの創出』。この2つのテーマに絞ったら、もうおばあちゃんたちと一緒に働くしかないかなっていう結論になって」

こうして2019年に、75歳以上のおばあちゃんたちが働く会社「うきはの宝(株)」が誕生した。

取材する人もされる人もおばあちゃん「ばあちゃん新聞」

「うきはの宝」が今最も力を入れている新規事業が、月に一度発行する「ばあちゃん新聞」だ。1部330円(年間購読料5980円)で、これまでに12000部を売り上げた。(2024年3月末時点)

おばあちゃんのファッションチェック、料理レシピを紹介するコーナーやおばあちゃんの人生を紹介する特集記事など、その名の通り「おばあちゃんが主役」の新聞だ。時には77歳のおばあちゃんが98歳のおばあちゃんを取材することも。

中でも人気なのが人生相談コーナー。若者との言葉のやり取りが面白い。

【19歳の女性からの相談】”友達に悪口を言われました。どう心をコントロールすればいいですか?”

【77歳トキエさんの回答】”そんな時は、ぐっとこらえて「南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏」って3回言ってごらん。落ち着くから!”

紙面づくりに関わったり、取材に応じてくれたおばあちゃんには2000円~5000円の謝礼が支払われる。購読料で得た収益が、おばあちゃんたちの報酬に繋がるシステムになっている。

孫に背中押され久しぶりに筆をとった認知症のおばあちゃん

新聞の題字を担当したのは、吉松露乃さん(85)さん。認知症を患っており近頃は大好きだった習字も書くことがなかったが、孫の拓也さん(29)に背中を押され、久しぶりに筆をとり時間をかけて題字を書き上げた。

露乃さんの孫・拓也さん「寝たきりじゃないですけど最初はもう全然元気なかったので、やる気を失ってた時期にこれをやることでまだいろんなことできるなっていうのが、いいきっかけになりました。謝礼もいただいたので、家族揃ってラーメンを食べに行きました。」

スタンフォード大学の長寿研究者も注目

「うきはの宝」の取り組みはメディアでも多く取り上げられ、大熊さんの元には全国から講演会やビジネス支援の依頼が殺到している。

海外から見学者が訪れることも珍しくない。この日迎えたのは、スタンフォード大学の長寿研究所でポッドキャストのホストを担当しているケン・スターンさん。「仕事と健康」について研究・発信しているそうだ。今回、「うきはの宝」を取材するために来日し、おばあちゃんたちにインタビューした。

ケン・スターンさん「なぜここで働き続けているのですか?」

内藤ミヤ子さん(88)「得ることが多いと思いますので。それでまた生きがいを感じながら働いております」

ケン・スターンさん「”IKIGAI”という言葉には、何か深い意味があるようですね?」

國武トキエさん(77)「喜ばれる喜び。喜ばれる喜びを感じられればそれが生きがい」

高齢の女性たちがエネルギッシュに働いている姿を見て、長寿研究者ケン・スターンさんは衝撃を受け、「仕事」と「長寿」には大きな因果関係があることを確かめることができたという。「うきはの宝」の事例をポッドキャストで世界に発信する予定だ。

「生きがい」と「報酬」あれば世界はもっと幸せになれる

「うきはの宝」社長 大熊充さん「高齢者を隅に追いやるとか老害だとか言わず、多くの世代が協力して働いて経済活動していかないと、超高齢化社会が抱える問題は乗り越えていけない。これが広がっていくことで最終的に暮らしが良くなってくると思います。」

内藤ミヤ子さん(88)「歳を取っても学ぶことはたくさんありますよ。可能な限り働いてピンピンコロリで逝きたいです!」

先進諸国の高齢化は進む一方で、どの地域も同じような悩みを抱えている。「うきはの宝」のように、おばあちゃんたちが持つポテンシャルを活かし、高齢者が「生きがい」と「報酬」を得られるチャンスが増えれば、世界はもっと幸せになるかもしれない。

© RKB毎日放送株式会社