『Destiny』から『シティーハンター』まで “4つの顔”で世界を席巻する安藤政信

いま、俳優の安藤政信が世界を席巻している。

ドラマ『Destiny』(テレビ朝日系)が放送中であり、映画『陰陽師0』が全国で公開中。さらには、ドラマ『フクロウと呼ばれた男』(ディズニープラス)が全世界で配信中であり、Netflix映画『シティーハンター』もまた世界中で配信中。1996年に映画『キッズ・リターン』でデビューを果たし、そのキャリアも30年に届こうとしている安藤が、いま世界にその名を轟かせている。

現在、最新の安藤の姿を確認できる作品はそれぞれ毛色が異なるもの。医者、陰陽師、ビジネスマン、元刑事のスイーパー(始末屋)ーー彼が演じているのは一人ひとりがまったく異なるキャラクターだ。すべてに触れている方は、その振れ幅の大きさに驚いていることだろう。とくに近年の安藤の活動には驚かされてばかりだ。なぜ彼はこんなにも愛されるのだろうか。

『Destiny』で安藤が演じているのは、外科医の奥田貴志。主人公・西村奏(石原さとみ)の恋人で、ともに暮らしている。外科医の貴志も検事である奏も忙しい日々を過ごしているが、関係は良好。そんなところへ、12年前に起きたある事件以降、姿を消していた奏の元恋人・真樹(亀梨和也)が現れる。こうして歪な三角関係が展開しているのだ。つねに胸がザワつくドラマである。

貴志はまさに「人格者」だといえる人物。いつどんなときでも冷静沈着で感情的になることがなく、穏やかで包容力のある性格の持ち主だ。安藤の演技は淡々としていて、セリフの調子もアクション(=挙動)も、出演者の中で彼がもっとも安定している。

個々のキャラクターの感情が絶えず揺れている本作において、彼が担う役どころは極めて重要だ。登場人物の激しい心の揺れというものは、その多くが視聴者/観客の心をも揺さぶるもの。彼ら彼女らの不安定さから、私たちはスリルを得る。だがそのような作品で貴志までもが不安定でいては、全体のバランスが取れず、やがては収拾がつかなくなってしまうことだろう。

主人公の奏は元恋人の出現と過去の記憶とに翻弄されるが、貴志という拠り所があることでどうにか立つことができている。奏にとっても私たちにとっても、“安藤政信=奥田貴志”の存在はなくてはならない

しかしそのいっぽう、貴志もまた感情を覗かせるようになってきた。必死に抑えようとしているものの、それでもどうしたって溢れ出てしまう、といった具合だ。感情というのは積極的に出そうとせずとも、それが強ければ強いほど、周囲に漏れ出るもの。けれどもこれは映像作品なのだから、共演者に伝わったとしても、視聴者にまで伝わらなければ表現として成立しているとは言い難い。このあたりのさじ加減は、豊富な経験を持つ安藤だからこそのものなのだろう。彼が心の揺れをのぞかせたとき、私たちはより深く『Destiny』の世界に引きずり込まれるのだ。 これとは対照的なパフォーマンスを披露しているのが、『フクロウと呼ばれた男』である。安藤が演じるのは、社会を動かすほどの絶大な力を持つ黒幕/フィクサー(田中泯)の長男・一郎。彼は父に対して強い憧れを持っているが、トラブルを起こしては家族の足を引っ張ってばかりいる存在だ。感情的になることも多々あり、自分をうまく律することができない。良くいえば人間くさい人物だが、悪くいえば人間的に弱いところがある。『Destiny』の貴志とは真逆であり、これはこれで魅力的に思えたりもする。

が、ズバリいってしまおう。一郎は未熟な人物だ。スキだらけである。彼の軽薄で情けない性格が、父だけでなく私たちをもハラハラ(あるいはイライラ)させる。安藤はほんの少しのセリフを発する際の声色や表情に一郎のキャラクターを馴染ませ、『フクロウと呼ばれた男』の世界にその存在を打ち立てている。物語に新たなドラマを持ち込む役どころではあるが、視聴者が彼の存在に拒絶反応を出してしまっては元も子もない。どうにも憎めないキャラクターを生み出しているのである(もしかすると本作の中でもっとも人間くさいかもしれない)。

『Destiny』と『フクロウと呼ばれた男』は、どちらかといえばリアリスティックな作品だ。いっぽう、『陰陽師0』と『シティーハンター』はフィクショナルな作品である。前者は平安の世を舞台にVFXなどを多用したファンタジックな世界観の映画であり、後者は現代の新宿を舞台にしているものの、ド派手なアクションが繰り広げられる大人気コミックを原作とした映画だ。

いずれの作品でも、安藤の出番は決して多いわけではない。『陰陽師0』では一人前の陰陽師になるべく勉学に励む学生のひとりで、『シティーハンター』では物語の序盤で退場してしまう。

両作における安藤の重要な役割のひとつは、作品の持つ特異な世界観を提示すること。後者を例に取ると、こういった作品は導入部こそがもっとも重要だ。非現実的な世界観を築き上げながら、観る者たちを誘わねばならない。安藤はその肉体と声をもって自身の演じる槇村秀幸というキャラクターを立ち上げ、『シティーハンター』の世界観を構築することに貢献している。私たちが一つひとつの作品を愉しめているのは、こうしたプレイヤーの存在があるからなのだ。

安藤といえば、中国映画や台湾映画など海外での活動経験もある俳優であり、“映画俳優”という印象が強い存在だった。けれども2010年代の後半頃からテレビドラマへの出演も活発だ。配信作品の隆盛により、日本にいながら“世界デビュー”を果たす者も少なくない。安藤はいま“4つの顔”で、世界を席巻している。
(文=折田侑駿)

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