電力自給強化目指す法律は是か非か 6月国民投票

スイスは電力供給の安定化を図るため太陽光・水力発電を今後強化する方針だ (KEYSTONE)

スイス連邦政府・連邦議会が可決した再生可能エネルギー発電を促進する電力法が、来月9日の国民投票にかけられる。脱炭素化の中での電力供給安定化を図る法律だが、反対派が国民投票に持ち込んだ。

電力法が国民投票にかけられるのはなぜ?

昨年可決された電力法は議会が長年練り上げてきた複数の法律で構成される。数多くの措置が組み合わさっているため包括令とも呼ばれる。水、太陽、風力といった再生可能エネルギー発電の促進を目指す内容だ。

この法律にはスイスにとって重要な要素が2つある。1つは再生エネルギーへの移行を目指す国のエネルギー戦略だ。昨年の国民投票で、2050年までに温室効果ガス排出量を実質ゼロにする環境保護法が可決された

もう1つはエネルギー輸入からの脱却だ。2011年の福島第1原発事故の直後、スイスは原発の段階的廃止を決定したが、ロシアのウクライナ侵攻がきっかけでエネルギー輸入が政治的・経済的リスク要因となりえることが浮き彫りになった。

ところが法施行に反対する小規模な環境保護団体連合が今年初めにレファレンダム(国民表決)を提起。国民投票に必要な数の署名を集めた。

電力法とは?

法案の核は、再生可能エネルギーによる電力供給の安定化だ。特に冬場の電力供給に焦点が置かれている。それはスイスが冬場の電力供給を輸入に依存しているためだ。スイスが電力自立を実現するには、第一に水力発電所の新規建設が必要になる。現在、16カ所の水力発電プロジェクト建設が予定されている。

また再生可能エネルギー発電を促進するため、一般家屋・建物への太陽光パネル取り付けなどに対する補助金も盛り込む。連邦政府は、太陽光による電力供給は2035年までに5倍に増加すると見積もる。

また指定区域内における風力発電プロジェクトの認可プロセスを緩和する。連邦内閣(政府)と連邦議会は電気自動車、ヒートポンプ、産業界の電力需要が今後増加するとして、電力法施行の必要性を訴える。脱炭素化で起こりうる電力不足にも対応でき、より安価で安定した価格での電力供給が可能になるという。

スイスの電力供給の現状は?

スイスの電力供給の大部分は既に水力中心の再生可能エネルギーが半分以上を占める。2023年の水力の割合は56%で、太陽、風力、バイオマスは計7%、原子力は37%だ。

スイスの年間平均発電量は約60テラワット時で、年によって53~68テラワット時の間で変動する。650の大型水力発電所、1000の小型水力発電所、4つの原子力発電所、37の大型風力発電所が電力を国内に供給する。

さらに太陽光発電システムが7万基、ゴミ焼却場などの熱発電施設が960基ある。電力会社アクスポ(Axpo)によると、スイスの電力消費量と生産量はほぼ均衡している。

スイスは年間を通し、通常は十分な電力生産があるが、ここ数年は輸入に依存している。夏季の発電量は十分で輸出も可能だが、冬季は輸入頼みだ。

ただ、スイスの電力消費量は減少の一途をたどっている。住民の増加、ヒートポンプの普及、電気自動車の増加にもかかわらず、2023年は2004年と同レベルまで下がった。その理由は効率化で、人口増による電力消費の増加分を相殺している。

賛成派の主張は?

賛成派は、特に冬季の電力不足リスクを声高に叫ぶ。アルベルト・レシュティ・エネルギー相は「スイスの再生可能エネルギーによる電力生産を拡大することでしか短・中期的な安定供給は達成できない」と支持を訴える。賛成派はまた、法律で定められた措置は議論を重ね、調和が図られたものだと強調する。実際、議会は同法案を長い時間をかけて練り上げ、国民議会(下院)では117票対19票の賛成多数で、全州議会(上院)では全会一致で可決された。

反対派の主張は?

反対派は景観・動物・自然保護団体フランツ・ヴェーバー財団と保守右派・国民党という全く毛色の異なる2団体で構成される。主な主張の1つが、「発電所・施設建設による環境破壊」だ。

フランツ・ヴェーバー財団の力を過小評価すべきではない。2012年には別荘建設制限案で国民投票を起こし、勝利を収めた。当時も今も、財団は「景観破壊」と闘っている。今回の電力法に反対するレファレンダムは他の2つの小規模環境保護団体とともに立ち上げた。他の大規模な環境団体は、自分たちの要求が反映されたとして当初の反対を取り下げている。フランツ・ウェーバー財団のヴェラ・ヴェーバー会長は「気候のために自然を犠牲にするのは馬鹿げている」と言う。

国民党のマグダレーナ・マルトゥロ・ブロッハー下院議員は、この電力法では必要な発電量をほとんど賄えず「大海の一滴に過ぎない」と批判する。

また、9000基もの風力タービンが建設され、広大な地域がソーラーパネルで覆い尽くされれば、景観の阻害につながると訴える。国民党自身は当初、この法律に賛成していたが、同氏が反対陣営に引き込んだ。その理由の1つは国民党が、法案否決が原発新設への弾みになると読んだからだ。

法律が否決されたらどうなる?

原発を巡る議論が勢いづきそうだ。スイスの脱原発を目指す「ノー・ブラックアウト・イニシアチブ(国民発議)」によって、この問題は時を待たずして再び国民投票で是非を問われる。しかし電力法が可決されれば同イニシアチブの緊急性は弱まり、否決されれば逆のことが起きる。つまり連邦内閣がこのイニシアチブに対案を出すかどうかは、電力法の投票結果次第だ。

スイスにおける原子力発電所の新設は、さまざまな方面から反対が起こることが予想される。このため、結論が出るまでにいずれにせよ数十年かかるだろうという見方ではどの陣営も一致している。

レファレンダムが否決された場合、スイスの電力供給の自給自足が実現するかは不明だ。既存の法律は有効だが個別の補助金措置は失効する。賛成派によると、法律が否決された場合、冬季の電力需要に対し緊急措置が必要になる。短期的な選択肢としては化石燃料、つまり、ガス・火力発電所、または電力輸入の増加が考えられるという。

独語からの翻訳:宇田薫、校正:大野瑠衣子

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