【インドネシア】日本の砂防技術が礎築く[社会] 支援50年、火山から人と財産守る

ゲンドール川下流域のガディンガン砂防ダム。10年の大規模噴火を受けて、砂防機能を強化した=4月29日、ジョクジャカルタ特別州(NNA撮影)

インドネシアは、約130の活火山を持つ世界でも有数の火山大国だ。直近でも各地で噴火が相次いで報告されており、火山災害に備えた対策がますます求められている。日本政府は、同じ火山国として、噴火に伴う土砂災害から人命や財産を守るための「火山砂防」支援事業を1970年代より進めてきた。長年の支援を経て、今後はインドネシア政府が砂防分野の中核研修・研究拠点を設け、国内外で砂防技術を広める役割を担えるよう後押しするため、新しい協力を始めようとしている。【上村夏美】

火山砂防は、山の噴火によって発生した火山灰や大きな噴石などが、川を伝って居住地へと流れ込むことを防ぐための事業。土石流を受け止めて、土砂の流れを適切に調整する「砂防ダム」を川に建設することなどが含まれる。

日本の砂防技術が優れていることや、適切な外国語がないことなどから、インドネシアを含む海外でも「SABO」としてそのまま知られる。

国際協力機構(JICA)の山本浩之氏(統合水資源管理政策アドバイザー)によると、日本には約9万基の砂防ダムがあり、世界で最多という。

インドネシアは、活火山の数が多いだけでなく、山のふもとに居住地がある地域が多いことからも砂防の必要性が高い国の一つだ。

日本政府は、70年から専門家を派遣して、日本の砂防に関する知見や技術を当地で広めてきた。80年代からは、円借款事業で砂防施設やダムを建設している。

ムラピ山のふもとジョクジャカルタ特別州にある砂防技術センター前の通りは、砂防から名前を取ってSABO通りと呼ばれている=4月29日、ジョクジャカルタ特別州(NNA撮影)

■国内有数の活火山から人と遺産守る

インドネシアで最も火山活動が活発とされるムラピ山(標高約2,930メートル)。中ジャワ州とジョクジャカルタ特別州の州境に位置し、山のふもとにはジョクジャカルタ市街地や、ボロブドゥール寺院、プランバナン寺院といった世界遺産もあり、保全対象が多い。

これらの条件から、ムラピ山周辺はインドネシアで最も多くの砂防施設が建てられている。その数は約277基で、国内全土にある砂防施設の総数645基の4割以上を占める。山を流れるそれぞれの川の上流から下流にかけて、砂防施設がいくつも連なる。

ムラピ山では2010年に、過去100年間で最大規模といわれる大噴火が発生した。噴石などの火山噴出物の総量は、従来の10年に1回程度の大きな噴火で発生していた量の28倍の1億4,000万立方メートルに達したという。

特に、ゲンドール川では山頂から約15キロメートル地点まで火砕流が流れ、河道が埋没した。ゲンドール川の下流域には、1980年代に日本の支援で初めて建設された砂防ダム第1号があり、これらの砂防施設によって土砂被害を緩和できたというが、予想を超えた噴火の威力で大量に堆積した火山噴出物が土石流として流れてくるリスクが高まった。

こうしたリスクに対応し、また次に同じような大規模噴火が発生しても耐えうる施設に強化するため、2014年から21年にかけて円借款事業が行われた。砂防ダムが一度に受け止めることのできる土砂量を増量するなど、一連の砂防施設の機能を強化していった。

日本の円借款事業で1980年代にインドネシアで初めて建設された砂防ダム第1号のゲンドール川下流域のブロンガン砂防ダム。2010年の大規模噴火を受けて、受け止められる土砂の量を増やすなど機能を強化した=4月29日、ジョクジャカルタ特別州(NNA撮影)

ムラピ山の事業で得られた知見は、日本の「火山噴火緊急減災対策砂防計画策定ガイドライン」や、桜島、雲仙・普賢岳における火山砂防事業などにも多数フィードバックされており、日本の火山防災の発展にも貢献している。

■堆積物が危険性高める

噴火後に火山噴出物が山に堆積している状態は、局所的な豪雨などがあった場合、一気に土石流として流れ落ちてくる危険性がある。現在、そのリスクが高くなっている山の一つが東ジャワ州のスメル山(約3,676メートル)だ。

スメル山では近年、20年12月、21年12月、22年12月と短い周期で大噴火が続いており、土砂の除去作業が追いつかず、膨大な不安定な土砂が堆積している。特に21年以降は、上流から中流域にかけて土砂の氾濫が頻発しているという。

同山では1980年代から砂防施設の整備が進められてきたが、老朽化に加えて頻発する噴火で土砂に埋没したり、損傷したりして、砂防機能を喪失した施設も多い。

JICAが年内に締結を目指している新しい円借款事業の契約では、こうした問題を抱えるスメル山、同じく火山活動が活発で防災事業の優先度が高い東ジャワ州クルド山、バリ島アグン山の計3山で、機能が低下している砂防施設を修繕し、噴火に備えるためにさらなる砂防施設を新設する計画だ。

20年12月からの大噴火で被害を受けたスメル山のふもとの住宅。現在も土砂が多く残る=4月30日、東ジャワ州(NNA撮影)
スメル山の上流では、今も土砂が多く堆積しており、局所的な豪雨などがあれば土砂流を引き起こす危険性を持つ=4月30日、東ジャワ州(NNA撮影)

■土砂の採掘管理課題も

ムラピ山のふもと、ジョクジャカルタ市近郊にある公共事業・国民住宅省水資源局管轄の砂防技術センターのエカ所長は、インドネシアでは砂防ダムにたまった土砂に関する政府の規制がないことから、民間事業者が土砂を不適切に採掘し、砂防施設を破損するケースがあると指摘する。適切に土砂の除去作業を取りまとめ、管理するための規制が必要だと述べた。

今後新たに締結される円借款事業では、土砂の採掘管理計画の策定も盛り込まれるという。

スメル山では20年12月から続く噴火で土砂に埋もれている砂防ダムも多い=4月30日、東ジャワ州(NNA撮影)
砂防技術センターには、砂防施設による効果などを実験するムラピ山ふもとの集落の模型がある。同センターは日本の無償資金協力で1982年に設立され、国内で砂防施設の実験や研究の中心拠点になっている。昨年インドネシアを親善訪問された天皇陛下が訪れたことでも話題となった=4月29日、ジョクジャカルタ特別州(NNA撮影)

■インドネシア版「砂防」を確立へ

インドネシアで80年代から砂防施設の建設を支援している建設コンサルタントの八千代エンジニヤリングの技術士、福島淳一氏は、インドネシアでは年中気温や湿度が高いことや、雨期などの影響からも砂防ダムの平均寿命が日本よりも短く、約40~50年だと説明する。

福島氏は、ムラピ山の事業などインドネシアの砂防支援に約14年間携わってきた。インドネシアではこれまで日本で見たことのない大規模な災害が発生し、自然の威力を前に途方に暮れることもあったという。しかし、その都度インドネシアの有識者や関係者と一緒に対策を検討してきたと振り返る。

「日本の砂防技術を基にはしているが、(日本とは異なる条件の中で)そこからいかにインドネシアの状況に合わせて調整をしていくか。インドネシア版の砂防を確立していけるよう、そのお手伝いができれば」と語った。

バスキ公共事業・国民住宅相は、インドネシアを水資源分野の中核拠点「センター・オブ・エクセレンス」にする構想を掲げており、その一部としてインドネシアに砂防分野における中核研修・研究拠点を設け、国内外で砂防技術を広める役割を担っていきたいとしている。

バリ島で開催中の「第10回世界水フォーラム」では、実現に向けたロードマップ(行程表)の作成など日本が支援することで協力覚書を締結する予定だ。

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