【社説】台湾、頼総統就任 「現状維持」へ対話進めよ

 台湾の新総統に頼清徳氏が就任した。中国との統一を明確に拒否する与党、民主進歩党のリーダーとして蔡英文前総統から政権を引き継いだ。

 「傲慢(ごうまん)にも卑屈にもならずに現状を維持する」「中台は互いに隷属しない」などと、おとといの就任演説で強調した。統一も独立も求めない、前政権の路線継承を表明し、中国には対話を呼びかけた格好になる。

 頼氏は中国から強硬な台湾独立派と見なされてきた。しかし、人事で蔡政権時代の人物を数多く起用するなど、現状維持を意識した配慮も見える。政権発足時の慎重な対応は評価できる。

 1996年に総統の直接選挙が実現して以降、同一政党が3期連続で政権を担うのは初めてになる。1党独裁体制だった国民党を野党に追いやり、政権政党として地歩を固め、民主主義を定着させた自負が民進党にはあるだろう。

 台湾は半導体製造などが飛躍的に伸び、生産拠点として欠かせない存在に成長した。そんな自信を背景に、台湾では「既に独立した民主国家だから、ことさら独立を求める必要はない」という現状維持派が若手を中心に大多数を占めるようになっている。中国と台湾は別の国と考える人も76%に達している。

 現状維持を訴え、国民党などの候補を破って当選した頼氏を、中国が「主流の民意を代表していない」とするのは無理がある。習近平政権は「祖国統一は歴史的必然」とし、軍事演習や貿易優遇措置の一部停止などの圧力を民進党政権に加えてきた。それがいかに台湾側の反発を招いてきたか、悟るべきだ。

 頼氏の政権基盤は強くはない。日本の国会に当たる1月の立法院選挙で民進党は過半数割れした。脱原発や外交政策で、第1党の国民党に譲歩せざるを得ない場面も出てくるのではないか。

 米国の動向も不安定要素になる。仮にトランプ氏が大統領に返り咲けば、中台関係を変にあおったり、台湾を米中外交の交渉材料に利用したりしないとも限らない。

 台湾は人口2300万人。人口も軍事費も圧倒的な中国と向き合うには、正面から衝突することを避けていくしかない。軍事面だけでなく、外交面でも、国際社会を味方に付けるような戦略が求められよう。

 頼氏は親日家としても知られる。日台間には正式な外交関係はないとはいえ、東日本大震災や能登半島地震の際も義援金が多く寄せられた。頼政権と友好関係を深めていくことは日本も望むところだ。

 ただ、頼氏は就任前の今月8日、台湾でダム建設に尽力した日本人技師の慰霊祭に参加し「台湾有事は日本有事、日本有事は台湾有事」と述べた。安全保障で連携を深めたい思いは分かるが、中国側を刺激したことは疑いない。中国につけ込まれるような言動は慎むべきだろう。

 台湾が望む現状維持のために、日本が頼氏に自制を促すことも必要になるかもしれない。対中政策に限らぬ、腹を割った日台関係を築く時だ。

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