“ネット使えない”で志願者減の海自に革命 1日メール2通→SNS・動画閲覧も無制限 背景にイーロン・マスクの会社

海上でのインターネット利用が解禁 ※画像は海上自衛隊公式インスタグラム『@jmsdf_pr』より

SNSや動画配信サービス、インターネット通販などなど日常生活に欠かせないツールを支えるインターネット。特に成長過程でスマートフォンが手元にあった若年層としてみれば、インターネットなしでは生活できないという人もいることだろう。現に、総務省が発表した『令和4年通信利用動向調査』によれば、18~29歳のインターネット利用率は98.6%とほぼ100%。そのうち主な接続ツールとしてスマートフォンを利用していると答えたのは88.9%と約9割にのぼる。

そんな中、若手志望者の確保のためにと職場におけるインターネット環境の整備に乗り出した組織がある。

全国紙社会部記者が話す。

「海上自衛隊が若手志望者の確保を目的に、航海中も艦内でスマホをインターネット接続できるようにとWi-Fi環境の整備に本腰を入れ始めました。その足がかりとして、5月20日から約半年間の遠洋練習航海に出港した練習艦『かしま』と『しまかぜ』に、イーロン・マスク氏(52)が代表を務める『スペースX』社が提供する衛星通信網『スターリンク』を初めて試験導入。航海中も常時インターネット接続を実現します」

このスターリンクは、どのようなサービスなのだろうか。

「スターリンクは、スペースXが展開する高速インターネット接続サービス。これまでの衛星通信技術では、地上から3万6000キロ離れた静止軌道にある衛星が地上とやり取りをしていた。一方、スターリンクの衛星は地球から約550キロという低軌道にいるので、高速で安定したインターネット接続を叶えることが特徴です。

低軌道の衛星は地上に近い分1個の衛星でカバーできる範囲が物理的に狭くなる。そこでスペースXではすでに5000個ほどの衛星を打ち上げ、地球上を広くカバー。これまでの技術では難しかった場所にも通信環境を構築できるとして注目されています。海上で利用できるサービスは2023年7月からスタートしています」(前同)

『スペースX』が提供する衛星通信サービスを使えば、陸・海・空を問わず、地球上のあらゆる場所でインターネット利用ができるということで画期的だ。

一方で、これまで海上自衛隊員の生活空間である海上におけるインターネット環境はどのようなものだったのだろうか。また、実際に若手自衛官からインターネット環境整備を訴える声はあったのだろうか。弊サイトは、防衛省海上自衛隊・海上幕僚監部広報室の吉田健一三佐に話を聞いた。

■陸・空・海、入隊希望者が一番少ないのは海上自衛隊

一般企業同様、若手志願者の減少に悩む海上自衛隊。海上幕僚監部広報室の吉田三佐は、その原因に海上自衛隊の労働環境の特殊さを挙げる。

「少子化でそもそもの募集対象者(18歳から33歳未満)の母数が減っているうえに、陸・空・海がある自衛隊のなかでも海上自衛隊は特に希望者が少ないんです。

忌避される理由として私が聞いている限りでは、“ネットが使えない”という要素は大きいと。入隊するときに尻込みしてしまう人は少なくないようです。

たとえば、陸上自衛隊は陸の上で任務をこなし生活もするのでインターネットは使えます。航空自衛隊については、そもそも飛行機を操縦している間は携帯を使うこともなく、一度陸に降りれば、通常通りインターネットを利用できます。一方、海上自衛隊は長期間の洋上勤務もありますので、電波が届かない場所で活動することも珍しくありません」(吉田三佐)

海上自衛隊では定員割れが続き、人材確保が喫緊の課題となっていたところへ、スターリンクが海上利用のインターネットサービスの提供を開始。これを受け、導入の検討を始めたという。5月、『かしま』と『しまかぜ』にそれぞれ2基のインターネット受信用のアンテナを取り付けたそうだ。これにより、休憩時間に各自のスマートフォンやタブレット端末などでインターネット利用が可能になる。

「これまでも艦内でインターネット利用ができていなかったわけではありません。ただ従来の衛星通信技術では速度が遅い、データの送受信がしにくいなど通信環境に難が大きく、インターネットを通じた連絡は家族や知人など、事前登録した限定的な相手に1日メール2通のみに制限していました。

以前からインターネット利用を渇望する声は隊員からありましたが、それを叶えるサービスがなく、困難だったのが現実です」(前同)

■艦上での娯楽「これまで」と「これから」

今回、スターリンクアンテナを海自が保有する練習艦に搭載した試験訓練で、海上でも隊員がストレスなくインターネット利用ができる環境が整備されたと証明できれば、海上で隊員はメールはもちろんLINE通話やSNS、動画サービスの視聴も自由にできるようになるそうだ。「1日メール2通しか利用できない」環境からは革命とも言える大きな変化。

「これまで鑑上での娯楽といえば本を読んだり、DVDを視聴したりするものでしたが、そこに動画閲覧などが加われば、娯楽の選択肢は大きく広がります。

今回、スターリンクアンテナ搭載による練習艦でのネット利用においては時間や回数などに制限は設けず、一旦自由。ですが、これは“実証試験”という目的があるため。無制限に接続していて他に不具合が発生しないか、インターネットをどこまで使ってもいいのかといったことを模索しながら、ノウハウを得ようという趣旨があります」(前出の海上幕僚監部広報室の吉田三佐)

この取り組みが順調に進めば、今後3年間で海上自衛隊が保有する9割の艦艇へと海上ネット無制限利用の導入を進める計画とのこと。吉田三佐によれば、『かしま』の幹部は「デジタルネイティブにとって携帯は“当たり前”。“当たり前”の環境を整えるのは、今後の隊員の確保について重要」だと話しているという。

人材確保にはどこの組織もあの手この手。海上自衛隊の方針は吉と出るか。

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