幻想的な装飾が美しい…!建築家・安井武雄氏設計のモダニズム建築が壮観な、大阪〈淀屋橋〉に立ち並ぶ「名建築」10選

(※写真はイメージです/PIXTA)

大阪の「淀屋橋」周辺エリアでは、「大阪俱楽部」や「三井住友銀行大阪本店」などの華やかなクラシックビルを見ることができます。大阪モダン都市のデザインの礎を形成した建築家・安井武雄の作品を、建築家である円満字洋介氏の著書『京都・大阪・神戸 名建築さんぽマップ 増補改訂版』(エクスナレッジ)より詳しく見ていきましょう。

ガスビル以前の作品にこそ「安井武雄」建築の真骨頂がある

[写真1]大阪俱楽部 出所:『京都・大阪・神戸 名建築さんぽマップ増補改訂版』(エクスナレッジ)より抜粋

1920年代の大阪は、安井武雄の登場で一気に変わった感じがする。安井はガスビルが完成形であるようにいわれるが、出世作となった大阪倶楽部や野村ビルこそ安井の本領ではないかとわたしは思う。彼の幻想的な装飾は中国やインドの装飾がベースなっているようだが、色や形だけではなく装飾の持つ意味をわかって使っているように見える。大阪のモダン都市のデザインの底流には東洋趣味的幻想がある。それを引き出してきたのが安井だった。

01.これぞクラシックビル!「三井住友銀行大阪本店」

土佐堀沿いの三井住友銀行大阪本店は、これぞクラシックビルという建物だ。竣工当時は北側玄関から土佐堀側に専用の橋が架かっていたと聞く。大阪に住友ありといういわずもがなの主張である。建築的にはタテ樋の集水器を見て欲しい。ライオンの口から雨水が落ちる仕掛けになっているロマネスク的なデザインだ。南側立面が他の3面と違うのもおもしろい。連続アーチが印象的で、やはりロマネスク風のレリーフが窓上を飾る。大阪ロマネスクと名付けても良いかも知れない。

[写真2]三井住友銀行 大阪本店(旧住友ビルディング) 1926、1930年 住友合資会社 大阪市中央区北浜4-1-1 出所:『京都・大阪・神戸 名建築さんぽマップ増補改訂版』(エクスナレッジ)より抜粋

02.ジャジーな元消防署「レストランダル・ポンピエール」

旧住友ビルディングからふた筋南のレストランダル・ポンピエールは、元消防署だったというから驚きだ。大阪の消防署建築はおもしろいものが多い。基本ジャズ建築だけど、変形アーチの縁飾りに丸い花模様を点々と付けるあたりはやはり大阪ロマネスク化しているといえる。

[写真3]レストラン ダル・ポンピエール(旧中央消防署今橋出張所) 1925年 設計者不詳 大阪市中央区今橋4-5-19 出所:『京都・大阪・神戸 名建築さんぽマップ増補改訂版』(エクスナレッジ)より抜粋

03.これぞ大阪ロマネスク「大阪倶楽部」

次の大阪倶楽部、これぞ大阪ロマネスクといわせてもらおう。西側にバルコニーがあって、テラコッタの装飾で飾られている。おもしろいのは窓の上に小さなライオンがいることだ。難波橋といい、旧住友ビルディングといい、大阪はライオンと相場が決まっていたのだろうか。正面に立つ魚の石柱が見せ場だ。1920年代大阪建築界のホープ、安井武雄の初期作品である。

[写真4]大阪倶楽部 1924年 片岡建築事務所(安井武雄) 大阪市中央区今橋4-4-11 出所:『京都・大阪・神戸 名建築さんぽマップ増補改訂版』(エクスナレッジ)より抜粋

04.日本のオフィスビルの典型「日本生命大阪本店」

日本生命は東京本店も大事になさっているし、京都支店も部分保存したりで、歴史的建物を大切にする企業色が好ましい。住友大阪本店を設計していたメンバーたちが独立してこの日本生命大阪本店を作ったから似ているわけだ。日本のオフィスビルの典型のひとつは大阪で作られたともいえるだろう。

[写真5]日本生命保険相互会社 大阪本店 1938年 長谷部・竹腰建築事務所 大阪市中央区北浜3-8-32(増築部分は今橋3) 出所:『京都・大阪・神戸 名建築さんぽマップ増補改訂版』(エクスナレッジ)より抜粋

05.テラコッタ貼りを活かしたマンション「グランサンクタス淀屋橋」

三休橋筋のグランサンクタス淀屋橋は、旧八木通商本社の外壁を保存して2013年に分譲されたマンションだ。分譲マンションの開発にあたって歴史資産を活用したものとして、関西では早い例だろう。同様のものは、神戸のファミリアホール外壁を保存したザ・パークハウス神戸タワー(2019年分譲)などが続く。ご覧のように、外壁を全面テラコッタで覆う。もともと片岡安の設計したレンガ造りの銀行だったが、1929年に国枝博がテラコッタ貼りに改修した。国枝は滋賀県庁舎の設計者として知られている建築家だ。

[写真6]グランサンクタス淀屋橋(旧八木通商社、旧大阪農工銀行本店) 1918年(1929年改装) 辰野片岡建築事務所(改装:国枝 博) 大阪市中央区今橋3-3-2
出所:『京都・大阪・神戸 名建築さんぽマップ増補改訂版』(エクスナレッジ)より抜粋

安井武雄の出世作をはじめ、存在感のあるモダニズム建築が多数

06.ロマンチックさ溢れる片岡建築の原型「オペラ・ドメーヌ高麗橋」

すぐ南のオペラ・ドメーヌ高麗橋(こうらいばし)、片岡の原形はこうしたセセッション的なものだったのだろう。レンガ壁に石材で横ラインを入れるのは師匠ゆずりの辰野式だが、曲線を多用するがゆえに、全体にセセッション的なロマンチック感があふれているところなどはやはり片岡らしい。東北角の煙突底に張り付いたアカンサスの葉、南西角上部のソフトクリーム型の花かごは、いずれも石造であり、大阪の石工文化の優秀さを表している。

[写真7]オペラ・ドメーヌ高麗橋(旧日本教育生命保険・大正生命保険・大中証券) 1912年 辰野片岡建築事務所 大阪市中央区高麗橋2-6
出所:『京都・大阪・神戸 名建築さんぽマップ増補改訂版』(エクスナレッジ)より抜粋

07.街なかのリズミカルな教会「浪花教会」

となりの浪花教会(なにわきょうかい)のファサードには、3つの大きさの異なるアーチが並ぶ。両脇に尖塔風の袖壁を備えているが、アーチの大きさに従って袖壁の高さを変えて、それが壁面の単調さを破ってリズムを生み出している。単なるモチーフの寄せ集めではなく、様式の持つリズムを引き出すのが建築家の仕事なのだ。

[写真8]日本基督教団浪花教会 1930年 竹中工務店(石川純一郎、早良俊夫) 大阪市中央区高麗橋2-20
出所:『京都・大阪・神戸 名建築さんぽマップ増補改訂版』(エクスナレッジ)より抜粋

08.安井武雄の出世作「高麗橋野村ビルディング」

堺筋に出て北へ少しの高麗橋野村ビルディングは、安井武雄の出世作といえよう。後に続く大阪ガスビルの前段階と見られることが多いが、わたしは大阪ガスビルとはまた違う完成された世界観が示されていると思う。ここでも彼は玄関脇に柱を立てている。壁に貼りついているが大阪倶楽部の魚の石柱と同じ扱いだ。安井の東洋趣味的幻想がここにもある。

[写真9]高麗橋野村ビルディング 1927年 安井建築事務所(安井武雄) 大阪市中央区高麗橋2-1-2
出所:『京都・大阪・神戸 名建築さんぽマップ増補改訂版』(エクスナレッジ)より抜粋

09.曾禰中條の形見「三井住友銀行大阪中央支店」

堺筋をはさんで向かいの三井住友銀行大阪中央支店は、今となっては数少ない正統な新古典主義様式である。この建物はイオニア式の柱頭で飾られたジャイアントオーダーの列柱でまとめている。南側の玄関扉は見事なブロンズ製で見どころのひとつだ。南面は列柱が扁平になっているのもおもしろい。正面列柱上のメダリオンは蛇と杖の紋章でギリシャ神話の神ヘルメスの持つ杖だ。降霊の杖であり冥界との通信が可能だという。この建物の竣工した年に中條精一郎が亡くなり、翌年曽禰達蔵も亡くなっている。だからこれは曾禰中條の形見のような建物なのだ。こうした様式建築は以後大阪でも作られなくなっていく。

[写真10]三井住友銀行 大阪中央支店 1936年 曾禰中條建築事務所 大阪市中央区高麗橋1-8-13
出所:『京都・大阪・神戸 名建築さんぽマップ増補改訂版』(エクスナレッジ)より抜粋

10.河合浩蔵の軽やかな銀行建築を表現「新井ビル」

北浜の手前の新井ビルは、銀行建築をレストランに再生した建物だ。河合浩蔵は曾禰中條のような正統様式建築を好まず、もっと砕けたセセッション的な作風だ。1階を石貼りとし最上部にメダリオンを飾るのは新古典主義的な落ち着いた構成だが、そこに使われる装飾はほとんど簡略化されて軽やかさを演出している。

[写真11]新井ビル(旧報徳銀行 大阪支店) 1922年 河合浩蔵 大阪市中央区今橋2-1-1
出所:『京都・大阪・神戸 名建築さんぽマップ増補改訂版』(エクスナレッジ)より抜粋

円満字 洋介
建築家

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