ひどすぎる! 夫の死亡保険金〈1億円〉が「愛人」とその子どもに…書き換えられた「遺言」に絶句する妻に、弁護士が提示した対応策は?

(※写真はイメージです/PIXTA)

夫は生前、ほぼ全財産をはたいて相談者を受取人とする養老保険に入っていました。しかし数年前に別の女性と生活したいと言い出して家を出て行ってしまいます。遺言書には、死亡保険金の受取人を、その女性とその間にできた子供に変更する旨が書かれていました。本稿では、弁護士・相川泰男氏らによる著書『相続トラブルにみる 遺産分割後にもめないポイント-予防・回避・対応の実務-』(新日本法規出版株式会社)より一部を抜粋し、「死亡保険金の受取人が遺言で変更された場合の対応」について解説します。

死亡保険金の受取人が遺言で変更された場合の対応

夫が亡くなりました。夫は、生前、ほぼ全財産をはたいて私を受取人とする死亡保険金1億円の養老保険に入っていました。しかし、数年前、夫は別の女性と生活をしたいと言い出し、家を出ていってしまったので、私とは別居生活でした。夫は、保険金受取人を私からその女性との間にできた子どもに変更する旨の遺言書を作成していました。

紛争の予防・回避と解決の道筋

◆死亡保険金の受取人は約款に特別の定めがない限り、遺言により変更することができる

◆死亡保険金の受取人の変更は遺贈または贈与に当たらず、遺留分侵害額請求の対象とならない

◆死亡保険金は、原則として特別受益とはならないが、不公平が著しいと評価すべき特段の事情が存する場合には、特別受益に準じて持戻しの対象となる

◆特別受益が他の相続人の遺留分を侵害している場合には、遺留分侵害額請求の対象となり得る

チェックポイント

1. 受取人の変更に関する保険契約の約款を確認する

2. 保険契約者の変更を検討する

3. 死亡保険金が特別受益となる「特段の事情」を確認する

4. 遺留分侵害額請求の可否を検討する

解説

1. 受取人の変更に関する保険契約の約款を確認する

(1) 遺言による保険金受取人の変更に関する保険法の定め

遺言が執行ないし実現の対象となるのは、法定された遺言事項に限られるところ、商法から抜き出され単行法として平成20年に成立した保険法(平成22年4月1日施行)44条1項により、遺言によって生命保険の保険金受取人を変更できることが明定されました(なお、傷害疾病定額保険契約の保険金受取人を遺言により変更できることにつき保険法73条1項。)。ただし、この定めは任意規定と解されており、保険契約(約款)に異なる定めがあれば、保険契約の定めの方が優先します。

また、遺言による保険金受取人の変更は、その遺言が効力を生じた後、保険契約者の相続人がその旨を保険者に通知しなければ保険者に対抗することができないとされています(保険44②)。

この通知は、保険契約者の相続人が複数存在する場合でも、相続人の一人が通知を行えばよいとされ、遺言執行者による通知も認められています(萩本修編『一問一答保険法』185頁(商事法務、2009))。

受取人変更のような事態を防ぐための予防策とは

(2) 本事例での対応

本事例では、被相続人の遺言により生命保険の保険金の受取人が変更されており、保険契約の約款に保険法と異なる定めがなければ当該変更は有効と考えざるを得ません。そのため、保険契約の約款において、遺言による保険金受取人の変更について、保険法の定めと異なる規定がされていないか確認することが最初の対応になります。

約款に保険法の定めと異なる規定がない場合、保険金受取人となっている夫の子も法定相続人の一人ですので、夫の子から保険会社に通知がなされれば夫の子に対し死亡保険金が支払われることとなります。そのため、本事例の状況では、死亡保険金が夫の子に支払われることを受け入れざるを得ないでしょう。

2. 保険契約者の変更を検討する

死亡保険金の請求権は保険契約者の払い込んだ保険料と対価関係に立つものではなく、実質的に保険契約者または被保険者の財産に属していたものとみることもできないこと等から、死亡保険金の受取人を変更する行為は贈与または遺贈に当たらないと解されています(最判平14・11・5判時1804・17)。この判例によれば、死亡保険金受取人を変更する行為は、遺留分侵害額請求の対象とならないことになります。

もっとも、上記判例は、相続人以外の第三者に保険金受取人が変更された場合であり、共同相続人間の公平という観点を考慮する必要がない事案であって、特別受益についてまで射程が直ちに及ぶものではないと解されており、後記3.のとおり、特別受益については共同相続人間の公平という観点からも検討する必要があります。

そこで、こうした性質を持つ保険金受取人の変更という事態を避ける手段として、夫の存命中に、夫や保険会社と同意して、生命保険の保険契約者を夫から自身に変更しておくのも一法です。この場合、保険金受取人を変更できる主体は契約者に限られることから、遺言による場合を含め夫の意思で保険金受取人を変更することはできなくなります。

他方、保険金受取人の変更は被保険者の同意がなければその効力を生じないため(保険45)、夫の意向に反した保険金受取人の変更はできず、夫にも一定の決定権が留保されます。

保険契約者の変更に伴う課税関係について、相続税法は、保険事故が発生した場合において、保険金受取人が保険料を負担していないときは、保険料の負担者から保険金等を相続、遺贈または贈与により取得したものとみなす旨規定しており、保険料を負担していない保険契約者の地位は相続税等の課税上は特に財産的に意義のあるものとは考えておらず、契約者が保険料を負担している場合であっても契約者が死亡しない限り課税関係は生じないものとしています。

したがって、保険契約者の変更があってもその変更に対して贈与税が課せられることはありません。ただし、その契約者たる地位に基づいて保険契約を解約し、解約返戻金を取得した場合には、保険契約者はその解約返戻金相当額を保険料負担者から贈与により取得したものとみなされて贈与税が課税されます。

「死亡保険金」が遺産分割の対象にはならないワケ

3. 死亡保険金が特別受益となる「特段の事情」を確認する

(1) 遺産分割協議における死亡保険金の取扱い

本事例において、被相続人の遺産につき遺言上何らの指定がない場合には、夫の子との間で遺産分割協議を行うこととなりますが、この場合、夫の子が死亡保険金の請求権を取得している点をどのように考慮すべきかが問題となります。

この点、死亡保険金の請求権は保険契約に基づき受取人が自らの固有の権利として取得するものであって、遺産には含まれないとするのが判例であり(最判昭40・2・2判時404・52)、死亡保険金は遺産分割の対象にはなりません。

もっとも、最高裁平成16年10月29日決定(判時1884・41)(以下、「平成16年決定」といいます。)では、死亡保険金の請求権取得のための費用である保険料は、被相続人が生前保険者に支払ったものであり、保険契約者である被相続人の死亡により保険金受取人である相続人に死亡保険金の請求権が発生することなどに鑑みて、保険金受取人である相続人とその他の共同相続人との間に生ずる不公平が民法903条の趣旨に照らし到底是認することができないほどに著しいものであると評価すべき特段の事情が存する場合には、同条の類推適用により、死亡保険金の請求権が特別受益に準じて持戻しの対象になると判示されています。

そして、上記特段の事情の有無については、保険金の額、この額の遺産の総額に対する比率の他、同居の有無、被相続人の介護等に対する貢献の度合いなどの保険金受取人である相続人および他の共同相続人と被相続人との関係、各相続人の生活実態等の諸般の事情を総合考慮して判断すべきとされています。

なお、平成16年決定の事案では上記「特段の事情」の存在は認められないとされましたが、同決定後の裁判例に「特段の事情」の存在を認めて持戻しを肯定したものがあります(名古屋高決平18・3・27家月58・10・66)。

(2) 本事例での対応

本事例で、平成16年決定がいう「特段の事情」が認められれば、死亡保険金額を特別受益に準じるものとして持戻しの対象とした上で、遺産分割協議を行うこととなります。

ただし、遺産分割協議において死亡保険金額が考慮されたとしても、あくまで具体的相続分を計算する際の計算要素として考慮されるのみであり、死亡保険金が遺産分割の対象とならないことはもとより、超過分を返還する必要もありません(民903②*)。

*以下、民法については「民」と表記します。

したがって、この場合、被相続人である夫がほぼ全財産をはたいて保険契約を締結したことを「特段の事情」として持戻しが肯定された場合、私の法定相続分が2分の1であることを踏まえると、死亡保険金を除く遺産の全てを私が相続することになると思われます。

「遺留分侵害額請求」という選択肢

4. 遺留分侵害額請求の可否を検討する

仮に、上記3.(2)のとおり、遺産分割協議において死亡保険金額が考慮されたとしても、あくまで具体的相続分を計算する際の計算要素として考慮されるのみであり、死亡保険金が遺産分割の対象となるわけではありません。そのため、遺産の全てを私が相続することとなったとしても、遺産が少なければ遺留分を下回ることがあり得ます。

また、死亡保険金の受取人を夫の子に変更する旨の遺言が残されている場合、同時に全ての遺産を夫の子に相続させる旨の遺言がなされていることも考えられます。このような場合、夫の息子が多額の死亡保険金の請求権を取得したことを捉えて、夫の子に対し遺留分侵害額請求ができるかは検討の余地があります。

特別受益と遺留分侵害額請求との関係について、判例によれば、相続開始よりも相当以前にされたものであって、その後の時の経過に伴う社会経済事情や相続人など関係人の個人的事情の変化をも考慮して遺留分侵害額請求を認めることが相続人に酷であるなどの特段の事情のない限り、特別受益が遺留分侵害額請求の対象となることを肯定しており(最判平10・3・24民集52・2・433)、その後平成30年改正民法により、相続人に対する贈与について、遺留分侵害額請求の対象となる期間が明定されています(民1044①③)。

したがって、平成16年決定において、同決定がいう「特段の事情」がある場合、死亡保険金の請求権が特別受益に準じるものとして持戻しの対象となるとされていることからすると、遺留分侵害額請求の場面においても、特別受益に準じるものとして遺留分侵害額の算定においてその価額を考慮し、死亡保険金請求権を取得した相続人に対し遺留分侵害額請求ができるとするのが素直な理解です(名古屋高判平29・4・20(平28(ネ)973)参照)。

そのため、本事例でも、平成16年決定がいう「特段の事情」が認められるのであれば、夫の子に対する遺留分侵害額請求を積極的に検討すべきです。

〈執筆〉

平成23年 弁護士登録(東京弁護士会)
令和3年6月 個人情報保護委員会事務局参事官補佐(~令和5年5月)

〈編集〉
相川泰男(弁護士)

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