「な、なんで?」年金月9万円と月収19万円でしめやかに暮らしていた62歳・タクシー運転手…収入が少ないのに突然、年金が〈支給停止〉されたワケ【FPが解説】

(※写真はイメージです/PIXTA)

年金が支給停止されるケースで最も多いのが、働きながら年金を受け取り、基準額を超えると年金が一部もしくは全部が支給停止する可能性がある「在職老齢年金制度」。法改正で60歳以上の人が同じ基準額となったため、給与が現役世代並み以上でないと、調整されなくなっています。しかし、それ以外にも年金が支給停止となるケースがあって……。本記事ではTさんの事例とともに、年金ルールの注意点について、社会保険労務士法人エニシアFP代表を務めるFP三藤桂子氏が詳しく解説します。

コロナが落ち着いても物価高…生活が苦しい

Tさんは長年タクシー会社に勤めていました。60歳定年後、継続雇用を希望し、働けるだけ働こうと考えていました。コロナの影響、さらには物価高により、タクシーを利用する人が激減し、歩合給の給与はほとんどなく、当時の手取り額は最低保障額程度である15万円(月収19万円)もなかったのです。

それでもいままで貯めた貯蓄を少しずつ取り崩しながら、乗り切ってきました。残高が減っていく通帳を眺めながら、このままでは老後破産に陥ってしまうと、悩んでいたところ、会社の同僚から、年金を早く受け取ったらどうかと言われ、同僚の60歳以上の人はすでに受け取っているよというのです。

「働きながら年金を受け取ると年金が止まってしまう制度があると聞いたことがある」とTさんは不安になりましたが、「自分達みたいに給与が少ない人は、その制度は気にすることもないから」と同僚からは苦笑いされます。コロナが落ち着いてもしばらくのあいだはタクシー利用者が減った状態が続き、Tさんは思うように収入が増えず、物価高に追い打ちをかけられ、不安が続きます。

やはり、同僚が言うように、年金を繰り上げるとずいぶん生活が楽になるかもしれない……

繰上げ請求の注意点

Tさんは年金の繰上げ請求をしようと年金事務所の相談窓口に行きました。その際、職員から繰上げ請求した場合の注意点の説明を受けました。主な注意点は次のとおりです。

・老齢年金を繰上げ請求すると、繰上げする期間に応じて年金額が減額されます。生涯にわたり減額された年金を受給することになります。

・老齢年金を繰上げ請求したあとは、繰上げ請求を取消しすることはできません。

・65歳になるまでの間、雇用保険の基本手当や高年齢雇用継続給付が支給される場合は、老齢厚生年金の一部または全部の年金額が支給停止となります。(老齢基礎年金は支給停止されません。)

・繰上げ請求した日以後は、事後重症などによる障害基礎(厚生)年金を請求することができません。(治療中の病気や持病がある方は注意してください。)

※日本年金機構:年金の繰上げ受給から一部抜粋

相談窓口の職員から年金の見込額を出してもらいました。

[図表]年金の見込額 出所:筆者作成

老齢基礎年金:2024年度満額

老齢厚生年金:20万円×5.481/1,000×420月で計算

減額率(最大24%)= 0.4%×繰上げ請求月から65歳に達する日の前月までの月数

今回は、14.4%(0.4×36月)で計算

65歳まで待った場合と比べて年間で18万円も減額されてしまうのか……非常に悩みましたが、それでも給与と年金をあわせて月約24万円あれば貯金を使わずに生活できると考えたTさんは繰上げ請求をすることに。

想定外の支給停止

世間ではコロナ前の生活に少しずつ戻っていき、タクシーを使う人も増えてきました。年金は減額しましたが、このまま長く働いて少しずつ貯蓄できれば、なんとか老後も生活できるだろうと前向きに考えていました。

そんなある日、Tさんは不注意で転倒し複雑骨折する大ケガをします。仕事はできずに、健康保険から傷病手当金を受けながら療養していました。3ヵ月仕事を休んだTさん。少し後遺症が残ったものの、やっと、復帰の日を迎えます。

しかし……会社に行くとTさんの車がなかったのです。

会社からは、やっと客足が戻って人手が足りなかったのに長期に休まれて困っていたため、新たに人を採用したとのこと。しばらく車の補充ができないという理由から、Tさんは退職勧奨されます。Tさんは驚きが隠せません。

確かに不注意でケガをした自分がいけないのだけれど、あまりにもひどすぎる対応だと、会社に訴えたところ、3ヵ月以上車を休ませると会社の経営が悪化するから仕方のないことだと告げられます。

ハローワークで求職の申し込み

働けるだけ続けようと決めていたTさんでしたが、突然の退職に生活費を心配し、失業手当を受給するためハローワークへ行き、求職の申し込みをしました。

しばらくはこれで凌げると安堵したのもつかの間、次の年金支給日に驚愕します。

「な、なんで?」年金が減額して振り込まれていたのです。急ぎ、年金事務所に確認すると、「雇用保険からの給付を受けると年金が支給停止になることを繰上げ請求時にご説明しています」とのこと。

「そういわれると確かにそんな説明を受けたような」と思い出しましたが、その当時は身体も元気で、まだまだ働き続ける気持ちでいっぱいだったのです。加えて突然の退職にTさんは動揺し、頭からすっかり抜けてしまっていました。

年金ルールには細心の注意を…

Tさんは減額してまで年金の繰上げをしたにもかかわらず、雇用保険の失業手当を受給したため、年金(老齢厚生年金)が全額支給停止される結果となってしまいました。

年金も失業手当も国の制度のため、両方を併給することはできません。Tさんは一日でも早く次の会社に就職するため、毎日ハローワークに通っています。

年金制度は複雑で、受け取り開始時期や国民年金保険料の支払い状況などによって、ケースバイケースです。わからないことや、イレギュラーが発生した際には年金事務所に確認しにいくなど、自身が損しないための対応を心がけておきましょう。

三藤 桂子

社会保険労務士法人エニシアFP

代表

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