『虎に翼』伊藤沙莉が体現する“怒り”と“失望” 穂高の“悪意のない言葉”が寅子を刺す

『虎に翼』(NHK総合)第38話で、猪爪家に召集令状が届き、兄・直道(上川周作)の出征が決まった。そんな折、寅子(伊藤沙莉)は穂高(小林薫)の推薦により、明律大学で講演を行うことになる。

講演会当日、寅子は桂場(松山ケンイチ)から「すごい顔をしているぞ」「怒りが染みついている」と言われた寅子はその言葉に動揺しながらも気丈に振る舞う。だが、無理がたたり、寅子は倒れてしまった。

久保田(小林涼子)や中山(安藤輪子)が仕事を辞め、2人の思いも自分が引き継ぐ覚悟で仕事に打ち込んでいた寅子が抱えていたものが“怒り”だったということを、桂場に指摘されるまで寅子自身も分かっていなかったはずだ。しかし、やるせなさを覚えていたのは確かだ。そしてそのやるせなさや“怒り”は、第38話で描かれた穂高との対話で決定的なものとなる。

寅子を演じる伊藤の表情からは、穂高の言葉に疑問を抱き、憤りを覚え、失望し、笑うしかない状況に追い込まれてしまう寅子の複雑な心情がありありと伝わってきた。

観ていて息苦しいのは、穂高が決して悪意からその言葉を発しているわけではないことだ。寅子の妊娠を知った穂高は優しげに微笑みながら「君、それは仕事なんかしている場合じゃないだろ」と言う。寅子は、女性が法曹界に携わる道を途絶えさせないために出産ギリギリまで仕事を続けたいのだと懸命に訴えかけるが、穂高に寅子の真意は伝わらない。伊藤は台詞を発する時、言い回しこそ冷静さを保っているが、穂高を見るその目には次第に悲壮感が漂っていく。

穂高が寅子をなだめ、促すような言葉を発する度、2人の間に大きな溝ができていく。「人にはその時代、時代ごとの天命というものがあってだね……」という穂高には、今まさに目の前の障壁に立ち向かおうとする寅子の姿は映っていない。「また君の次の世代が、きっと活躍を……」という穂高に、寅子は声を荒らげる。

「私は今、『私の話』をしているんです!」

「私の話」をないがしろにされた寅子が憤りをあらわにするのも当然だ。続けて伊藤は、寅子が味わう“分かり合えない”苦しさをその表情であらわす。怒る寅子に対して、穂高は「あまり大きな声を出すと、おなかの中の赤ん坊が驚いてしまうよ」と、一見身重の寅子を気遣うようで、目の前にいる寅子の怒りをないものにする言葉を発する。その言葉を受け、寅子はしばらく厳しい顔で穂高を見つめていたが、諦めたように笑った。反論を続けても埒が明かない。穂高が単純に寅子と対立する立場であれば、もっと反論できたかもしれない。だが、そもそも穂高は結婚した女性の第一の務めは子を産み、よき母になることだと考えている。はじめから、自分の思いは伝わらなかったのかもしれない。対話を諦めるしかない状況に笑うその声はむなしさに満ちていた。

戦争の激化に、家庭と仕事を両立するのが厳しい現実、寅子と寅子が生きる時代にそびえ立つ壁はあまりにも大きい。優三(仲野太賀)は寅子に嫌なことがあったのだと察しながらも、決して聞き出そうとはせず、一緒に美味しいものを食べる。彼の優しさに触れ、寅子は「この人とただ穏やかに毎日を過ごせたらどんなにいいか」と思う。そう思いながらも、語り部(尾野真千子)によって語られる「何で私だけ」という言葉に胸が締め付けられた。
(文=片山香帆)

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