アングル:1日1食で軟禁、騙されネット詐欺の実行役になるインド人労働者

Jatindra Dash Annie Banerji

[ゴランサラ(インド) 16日 トムソン・ロイター財団] - ディナバンドゥ・サフさん(41)は、空腹にさいなまれ、1日中監視カメラに見張られた部屋に閉じ込められていた。カンボジアでの就職斡旋詐欺に引っかかったサフさんは、インドに戻って家族に再会できる日が来るのかと嘆きつつ、幾晩も眠れぬ夜を過ごした。

サフさんは昨年6月、データ入力オペレーター募集の話に飛びついた。職場はベトナム、報酬は月900ドル(約14万円)、食事と住まいは無料で提供という好条件だ。似たような仕事は何件もやったが、いずれも短期で、報酬はこれに比べればごくわずかだった。

「家族には思いとどまるよう言われたが、この仕事が取れたときはホッとした」とサフさんは言う。この仕事に就けば、35万ルピー(約65万円)の借金の完済も近づくのではないかという期待もあった。

サフさんは、インド東部オリッサ州のゴランタラ村にある自宅でトムソン・ロイター財団の取材に応じ、「素晴らしい未来を夢見るようになった」と話した。

だがベトナムに着いてみると、サフさんの他、インドから新たに採用された4人は隣国カンボジアに連れて行かれ、パスポートを取り上げられ、オンライン暗号通貨詐欺の仕事を強要された。

インド政府はこの数カ月で、カンボジアでの就職詐欺に引っかかった250人のインド国民を救出し、本国に帰還させた。サフさんはその1人だ。

労働問題やサイバーセキュリティの専門家によれば、インドでは、仕事探しに必死の人を標的としたオンライン就職詐欺が増加しているという。

こうしたトレンドが浮き彫りにしているのは、インドの労働市場の厳しい現状だ。失業問題や、農村地域を中心に熟練労働者のための正規雇用が不足している問題は、6月1日まで行われる下院総選挙で大きな争点となっている。

サフさんは、当局にきちんと責任を問い、就職詐欺の犠牲者のために正義を求めるだけでなく、国内でもっと良い就業機会を増やすことが必要だと有権者に呼びかける。

「政権を握るのが誰であろうと、この問題に対応し、他の誰かが同じような悲劇に見舞われないようにする必要がある」とサフさんは言う。「政府は、求職者をわなにかける就職斡旋業者に対して断固たる措置を取るべきだ」

<報酬に目がくらむ求職者>

インド経済は主要国の間で最も速いペースで成長しているが、膨大な数の、しかもなお増加しつつある若年層のために十分な雇用を生み出せずにいる。

これが人身売買詐欺にうってつけの土壌を生み出している。サイバーセキュリティや人材採用の専門家によれば、そうした詐欺の多くはソーシャルメディアを使って募集をかけ、求職者の焦燥感につけ込んでいる。

「若者は、外国の方が良いオファーがあると感じている。提示される報酬額に目がくらんで、きちんと裏付けを取る作業を何もやっていない」と語るのは、インドのアバンゾ・サイバーセキュリティ・ソリューションズでマネージングディレクターを務めるダンヤ・メノン氏。

「手っ取り早く稼ぐという夢を追いかけている」とメノン氏は言う。

ムンバイに拠点を置く就職斡旋企業プレースメント・エキスパートの共同創業者であるジャスミン・シャンド氏は、求職者に対し、応募先企業をしっかり調査し、採用担当者が合法的であるかどうかチェックすることを勧めている。

他にも、資産状況を聞かれたり、研修や仕事に必要なツールに金を払わされたり、ろくに情報も与えずに決断をせかされる、といった危険信号があるとシャンド氏は言う。

シャンド氏はメールで寄せたコメントで、「うますぎる話には警戒すべきだ」と述べている。

<地獄の日々>

カンボジアやラオス、ミャンマーでの高給の仕事を約束するソーシャルメディアでの広告に誘惑された人は何千人もいる。IT系のスキルを持つ人が多く、ネット上で世界中の見知らぬ人を狙った詐欺行為に従事させられている。

国際刑事警察機構(インターポール、ICPO)によれば、コロナ禍で「爆発的」に増加した人身売買とネット詐欺を組み合わせた組織犯罪が、当初の東南アジアだけでなく世界的なネットワークとして広がり、年間最大3兆ドルの収益を稼いでいるという。

国連は昨年、カンボジアのオンライン詐欺拠点へと拉致された被害者は10万人を超えると発表した。

サフさんは外国での仕事を探していたところ、「ワッツアップ」のグループに誘われ、そこである斡旋業者から、ベトナムのIT企業に空きがあると教えられたという。

サフさんはすぐに必要書類をすべて送り、紹介手数料として15万ルピーを払い、妻と娘を後に残して昨年7月にベトナムに向かった。

数日後、サフさんはカンボジア西部のポイペトの町に連れて行かれた。そこでサフさんは、架空の人物になりすまし、ソーシャルメディア経由でフィリピンの何千人もの人々に連絡を取る仕事を強要された。その人々の信頼を勝ち取り、暗号通貨への投資へと誘い込むことが目的だ。

1日の目標は、10万ルピー相当の投資を呼び込むこととされた。

「毎日が拷問のようだった。カモを見つけてくるように急き立てられ、できないと叱責された」とサフさんは涙を拭いながら語る。狭い部屋に閉じ込められ、食事は1日1回だったという。

家族が地元の政治家に訴え出たことで、サフさんは昨年9月に救出された。

<背景に地位向上への野心>

インド外務省にカンボジアでの事件についてコメントを求めたところ、過去の声明を参照するよう指示された。外務省は複数回にわたり警告を発しているが、4月4日の勧告では、インド国民に対し「人身売買のわなにはまらないよう」注意喚起している。

在ニューデリーのカンボジア大使館にコメントを求めたが回答は得られなかった。インド人労働者の救出の後に関係者が逮捕されたかどうか、大使館から公式の発表はない。

識者の多くは人身売買詐欺の背景にインドの雇用市場の厳しさを指摘するが、労働経済学者のK・R・シヤム・サンダル氏によれば、国内の雇用機会が改善されたとしても、こうした詐欺を阻止するには十分でない可能性があるという。

「一般には雇用機会が増えればこの問題は解消すると思われているが、そうはいかない。根本には地位向上への野心と、他国のより強力な通貨で提示される報酬額がある」とサンダル氏は言う。

ニューデリー近郊にある管理開発研究所の教授であるサンダル氏は、インドは村落レベルで移民労働者の登録を行う事務局を設立し、職を求めて他国に向かう人々を把握すべきだと提唱する。

「不正を防ぐためには、移民を可視化し、合法な移民を増やすことが必要だ」とサンダル氏は述べ、当局は啓発のため、問題のある就職斡旋業者の名前を公表して警告すべきだと呼びかける。

サフさんは今、地元のガソリンスタンドに併設されたコンビニエンスストアの店長として1万3000ルピーを稼いでいる。他の人が自分と同じようなわなにはまらないよう、詐欺の可能性について友人に警告したり、詐欺的な採用担当者のやり口についてサイバー担当警察の捜査に協力するなど、できるだけの貢献を心がけているという。

「私が味わったような体験を誰にもさせたくない」とサフさんは言った。

(翻訳:エァクレーレン)

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