【インタビュー】ピアニスト壷阪健登、メジャーデビューアルバム『When I Sing』を発表

(c)Sakiko Nomura

全曲オリジナルによる、鮮やかなソロ・パフォーマンス。アルバムに収められている音のすべてに「壷阪健登」が刻まれている。

<YouTube:壷阪健登 - When I SIng (Teaser)

2019 年に米国ボストンのバークリー音楽大学を首席卒業し、帰国後は小曽根真と俳優の神野三鈴が主宰する若手音楽家の育成プロジェクト「From Ozone till Dawn」の一員となるほか、石川紅奈とのポップス系ユニット「soraya」としても耳目を集める気鋭ピアニスト、壷阪健登が待望のメジャー・デビュー・アルバム『When I Sing』を発表した。

文字通り“ピアノを通じて放たれる歌”が聞こえてくるようなソロ・ピアノ作品だ。まずは、アルバム・タイトルであり、オープニング・ナンバーでもある“When I Sing”命名の由来から尋ねてみた。

「2日目のレコーディングを終えてホテルに戻ったときに、神野三鈴さんからお借りしていた、まど・みちおさんの詩集『うたをうたうとき』を読んだんです。その内容が、僕がソロ・ピアノに取りかかるうえで目指していたもの、向き合っていたものにとても近いなと強く共感できました。

<YouTube:When I Sing

このアルバムは全曲が僕のオリジナルであって、自分のイマジネーションに向き合った曲たちです曲たちです。これが僕の音楽であり、僕のジャズの形なんだというステートメントを提示するときに“私が歌を歌うとき”、『When I Sing』というタイトルにはそういった意味合いも込められるのではないかと思って、この言葉を選びました。“歌”は僕の中で大きなテーマですね」

 アルバムには全9トラックを収録。風通しの良いピアノ・ミュージックが存分に展開される。

 「作曲に関しては、バークリーで学んだヴァディム・ネセロフスキーから学んだ“スルード・コンポーズド”が大きな基礎になっています。テーマ→アドリブ→テーマだけじゃなくて、要は演奏を一つの物語として考えて曲を作っていく書き方です。

 彼から最初に教えられて実践したのが、上がメロディ、真ん中がピアノの右手、下がピアノの左手という三段譜を作って、メロディを歌いながら作曲するというものです。そうするとインフォメーションもいっぱい得られるし、メロディをすごく大事にできる。この場合、自分の声が続かなかったら、そのメロディもそこで切れてしまうんです」

 “インストゥルメンタル曲であっても、ブレスが取れなくなるようなものは書かない”ということなのだろう。ヴァディム・ネセロフスキーの名が出たのも個人的には嬉しかった。ゲイリー・バートンのアルバム『ネクスト・ジェネレーション』(2005年)で、ジュリアン・ラージらと共に参加していたピアニストである。最新ソロ・アルバム『オデッサ』(2022年)も圧巻だった。

 「師事する前から彼の音楽は好きでしたので、その名前がプライベート・ティーチャーのリストにあったときに、授業をとりました。彼の音楽への愛やフロソフィーに触れることで、“これこそ僕が進みたい方向だ”と思いました。ライル・メイズ、イエロージャケッツのラッセル・フェランテ、ほかにラルフ・タウナーのようなギタリストであったり、イヴァン・リンスのようなブラジル音楽であったり、さまざまなものを学び、音楽の豊かさ、ライティングの豊かさを本当に教えていただきました。ヴァディムは信じられないほどの情熱を持つ、僕にとっては天才です」

©Sakiko Nomura

大スタンダード・ナンバーの採用や有名ベテラン・ミュージシャンとのセッション・アルバムで、気鋭ミュージシャンの名を広める――そうした手法は今世紀に入ってずいぶん減った気がするものの、それでも、「メジャー・デビュー作が全曲オリジナル集によるソロ・ピアノ作品」は今もって大胆なコンセプトであろう。その背景には、小曽根真の慧眼があった。

 「2021年、僕が六本木のアルフィーで小川晋平さん、きたいくにとさんと3人で演奏したライヴを小曽根さんが観たのがきっかけで、「From Ozone till Dawn」に参加するお誘いをいただいたのですが、当時の僕は一度もソロ演奏をしていなかったにもかかわらず、その時すでに小曽根さんの中では僕がソロで演奏している姿を想像できたようです。その時“ソロ・アルバムを作るべきだ”と突然、小曽根さんがおっしゃったのには正直言って面食らいましたが…。

 小曽根さんは音楽に向かって大変なエネルギーを注ぎ、自分のまだ見ぬ音楽の深い世界のために恐れずにステージ上で飛び込んでいく方です。神野三鈴さんはそれを受けて、そのエネルギーをどうしたらお客さんに届けられるか? それはステージングかもしれないし、立ち振る舞いかもしれないし、照明かもしれないですけど、その真摯な音楽をきちんとお客さんに届けたいと、一緒にステージを作られるわけです。その姿を横で見ているうちに、絶対やったほうがいいと背中を押された感じになりましたし、“ソロ・ピアノは僕が成長するための、越えるべき、向き合うべきハードルなのかもしれない”と心境の変化も起こり、2022年に『KENTO』というシングルを録音しました」

©Sakiko Nomura

4月24日に先行配信された「With Time」は、『KENTO』でも取り上げられていた楽曲だが、『When I Sing』に収められているヴァージョンからは、よりゆったりと、大らかな印象を受ける。

 「『KENTO』から2年の間に、僕の中でたくさんの変化があったからだと思います。最初は乗り気ではなかったソロでしたが、その後、KANAZAWA JAZZ STREET経由でスペインのサン・セバスティアン国際ジャズ・フェスティバルにソロ・ピアノで呼んでいたいだり、恵比寿の「BLUE NOTE PLACE」でもソロで演奏したり、銀座のヤマハホールでソロリサイタルができるなどの縁に恵まれて、舞台に上がっていくたびに、自分の中でソロ・ピアノに対する気持ちの変化がありました。

<YouTube:With Time

それまでソロ・ピアノとは自分で完結するもので、準備してきたものをステージ上で披露するだけだと思っていましたが、違うということに気づきました。例えばステージでピアノをポンと弾いた時、その響きの中にはお客さんもいて、そこに自分が触発されて、音楽がまた新しい方向に進む。その自分一人で演奏してはいても、自分が知らない自分の一面に出会う体験ができる。これは実際にステージの上で即興を試みなければ見えなかったことでした」

 レコーディングは今年の1月、音響に定評のある「所沢市民文化センター ミューズ マーキーホール」で行われた。レコーディングとミキシングはチック・コリアと小曽根真の共演作『レゾナンス』にも携わった三浦瑞生(MIXER’S LAB)が担当している。アシスタント・エンジニアは石 光孝 (MIXER’S LAB)、調律は外山洋司が手がけた。

©Masanori Doi

「素晴らしいホールとスタインウェイのピアノ、素晴らしい方々のおかげで自分の音楽が形となって浮かび上がった時、とても嬉しかったのを覚えています。その気持ちがアルバムにも残っています。とてもポジティブな気持ちに溢れたレコーディングでした。真摯に向き合って作ったこのアルバムを、ぜひ聴いていただけたらと思います」

<YouTube:When I Sing


Written By 原田 和典
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■リリース情報

壷阪健登『When I Sing』
2024年5月15日(水)発売
CD:UCCJ-2234 ¥3,300(税込)
Verve/ユニバーサルミュージック

ご予約・試聴はこちら→https://Kento-Tsubosaka.lnk.to/WhenISing

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