安住の地を

 「拘」という字の「勹」の部分は何だろう。辞書をいくつか引けば〈狭いかぎ型のわく〉とあり〈身を曲げた人の形〉ともある。狭い枠に入れられ、体を屈したら身の自由はきかない。「拘」には「とらえる」の意味がある▲44年前に死刑が確定したその人は「拘禁症状」に陥った。死刑執行の恐怖から精神をむしばまれた状態をいう。心までも枠に閉じ込められ、押さえつけられ、形を変えてしまったのだろう▲一家4人を殺害したとして、いったん死刑が決まったその人、袴田巌さん(88)のやり直し裁判が結審した。本人に代わり、姉ひで子さん(91)は法廷で「人間らしく過ごせるように」と切望した▲巌さんの辛苦は想像を絶するが、ひで子さんの半生にも胸を突かれる。30年ほど前、いつか弟を迎えようと、借金をして静岡県浜松市内にマンションを建てたという▲当面はひで子さんが住めばいいのに、一部屋でも多く貸してローン返済を早めようと、自分は勤め先の倉庫にただで住まわせてもらった。完済して79歳で入居し、裁判のやり直しで釈放された弟と10年前から同居している▲死刑囚の「囚」という字は見ての通り、一室に人が捕らえられたさまを表す。判決は9月26日。弟と姉の心身に、枠も囲いもない“安住の土地”がもたらされる時を待つ。(徹)

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