広がるサステナブル・ツーリズム――企業と自治体が共創・連携する新たな観光産業の形

左から塩澤氏、椎葉氏、大槻氏、菊地氏

Day2 ランチセッション

パンデミックを経て、「観光」のあり方が大きく変わっている。国連世界観光機関(UNWTO)によると、「訪問客、産業、環境、受け入れ地域の需要に適合しつつ、現在と未来の環境、社会文化、経済への影響に十分配慮した観光」を意味するのがサステナブル・ツーリズムだ。観光業が「地球の未来に貢献する産業」へと成長していくためには、企業や自治体の多様な共創・連携が欠かせない。その一つの形が、日本旅行とJR西日本、日産自動車の現在進行形の取り組みだ。(廣末智子)

ファシリテーター
椎葉隆介・日本旅行 日本旅行総合研究所 主任研究員
パネリスト
大槻幸士・西日本旅客鉄道 経営戦略本部 経営戦略部 環境経営室 課長
菊地美春・日産自動車 チーフマーケティングマネージャーオフィス 日本マーケティング本部 課長代理
塩澤絵里子・日本旅行 ツーリズム事業本部 国内旅行事業部 マネージャー

JR×日本旅行 カーボンオフセットプランで地域貢献

「今までの観光産業は本当に小さい円の中でやっていたという反省がある」。ファシリテーターを務めた日本旅行の椎葉隆介氏は、冒頭、いわゆる観光スポットを巡るコロナ前の観光スタイルを振り返ってそう述べた。旅行会社として、JRとは修学旅行の座席確保の、日産自動車とはレンタカーの部分での接点しかなかったのが、今は違う。「地域や企業と幅広い取り組みを進め、お客さまに面としてのサービスを提供している。今日はその話をさせていただく」というのがセッションの趣旨だ。

JR西日本は自社グループのCO2排出量の削減に向け、省エネルギー型鉄道車両の導入や再生可能エネルギーの活用に力を入れる。その上で、大槻幸士氏は「公共交通事業者の果たすべき役割として、社会の脱炭素化に貢献していく」と話し、その方法として都市部での短距離や、新幹線等が代替できる中距離区間を中心に、自動車や飛行機から、走行時のエネルギー消費が非常に少ない鉄道へと、旅客輸送のモーダルシフトに取り組んでいることを説明した。

そのJR西日本と、グループ会社である日本旅行とが2021年からタイアップして取り組む旅行商品が、旅行先の自治体が保有するJ-クレジットを購入することで、旅行に利用する新幹線や特急列車が排出するCO2相当量を埋め合わせできる、「JRセットプランCarbon-Zero」だ。この商品の狙いを、日本旅行の塩澤絵里子氏は、「脱炭素社会の実現に向けてお客さまと取り組みができないかと思案して商品化した。旅行を通じて、お客さまが環境保護に参画し、貢献できるようお手伝いするとともに、地域が将来にわたって観光資源を保存し、経済の発展につながるよう、地域への恩返しの意味も込めている」と話す。

観光客に環境保護への参画を促す商品は、国内向けにとどまらない。昨年6月からは、JRグループのフリーパスを購入した訪日観光客に環境保全活動に貢献してもらう商品を販売。第一弾の長野県茅野市の山林で、代理人が植林をするプロジェクトには今年2月までに約2500人から申し込みがあり、約80本の木が植樹された計算になるという。

「将来的には代理ではなく実際に植林していただき、周辺の観光とともにこれまでとは違う旅の目的地をつくり、オーバーツーリズム問題の解決にもつなげたい」。好調なインバウンドを背景に、塩澤氏はそう顔を引き締め、前を見据えた。

観光をEVに乗る機会の創出につなげる

一方、サステナブル・ツーリズムの観点から、電気自動車(EV)による、環境に配慮した観光の促進を進める日産自動車の菊地美春氏は、初めに、EVの利点を「排出ガスがゼロであるのはもちろん、ガソリン車と比べて加速がすごい」などと改めてアピール。また現在、国内の充電インフラは約3万基と、ガソリンスタンド(2019年年度末時点で2万9637カ所)に比べても多いことなどを説明した上で、全国の自治体と連携した、EVを地域課題の解決に活用する活動が約250件にのぼることを報告した。

その中で、EVの優遇策と地域活性化策を組み合わせた観光の取り組みとしては、熊本県阿蘇市と長崎県佐世保市で国立公園の駐車場無償化や有料道路や観光施設の割引などの施策を行っている。菊地氏は、この施策を通じた同社の目的を「観光をEVに乗る機会の創出につなげる」ことにあり、「旅行から帰ったら、『こういうプランを使って行って来たらいいよ』と誰かに話したくなる、次の車はEVにしようかなと思えるタッチポイントを増やしていきたい」などと語り、自治体や日本旅行とのさらなる共創に意欲を見せた。

JR西日本の大槻氏は、今後の課題を、「我々自身がしっかりと脱炭素の取り組みをしていく、社会に対して価値が生み出せるよう、事業者全体、産業全体で連携をしていく、広くお客さまに知っていただく」と力を込めた。アフターコロナの世界において、観光はサステナブルの言葉と共にどこまでも可能性が広がっていることを強く感じさせるセッションとなった。

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