人と人とのつながりから生まれる「ソーシャル・キャピタル」を地域再生に生かすには

Day1 ブレイクアウト

新しい資本主義の在り方が問われる中、地域の人や文化、ネットワークといった、人と人とのポジティブなつながりから生まれる価値に重きを置いた「ソーシャル・キャピタル」(社会関係資本)の考え方に注目が集まっている。本セッションでは、地域の課題解決に向け、未利用資源の活用や賑わいの創出などに取り組む3氏が登壇。多様な企業が多様な主体と連携し、ソーシャル・キャピタルの視点から地域をリジェネレイト(再生)していく事例を共有した。(眞崎裕史)

ファシリテーター
吉川成美・県立広島大学 大学院 教授
パネリスト
佐藤健之・にいがた雪室ブランド事業協同組合 理事長
白石 将・ジンズ 地域共生事業部 事業部長
向井恒道・商船三井 常務執行役員 ウェルビーイングライフ営業本部長

船での事業は、港がないと始まらない――向井氏

向井氏

およそ140年にわたって海運事業を続ける商船三井は、昨年4月、貨物ではなく「人」を基盤に全てのステークホルダーのウェルビーイングに貢献するビジネスを行う「ウェルビーイングライフ営業本部」を新設した。その本部長を務める向井恒道氏は、事業の背景を、同社の貨物船やクルーズ船が毎日のように寄港する日本各地の港との関係を例に語る。船を岸壁につけたり荷物を載せたり、さらには乗客の寄港地での食事や買い物を通じて地域と連携していく上で、支えとなるのが地元の力だが、今、地域には「人が足りない。いろんな喜びを分かち合うことが難しくなってきている現実がある」というのだ。

こうした地域の現実に対し、同本部では、同社の船員の97%が外国人である経験とノウハウを生かし、フィリピン大手の人材派遣会社をパートナーとして、外国人人材を地域の企業に紹介する事業なども手がける。さらには、過去30年間で藻場がほぼ消滅してしまった茨城県の大洗で、町と覚書を締結して海洋保全に取り組み、地元の小中学生らに海洋教育プログラムを展開していることが紹介された。大洗港には、同社のフェリー「さんふらわあ」が年間約600回入出港しており、「藻場がなくなるとエビやカニ、魚がいなくなる。漁業が廃れてしまう」と向井氏。全ては「船での事業は、港がないと始まらない。たくさんの方に支えられている港が、海が、いまピンチだ」という思いのもとに、「一企業としてできることから始めている」と力説した。

志を共有し、中小企業が連携するモデルを――佐藤氏

佐藤氏

にいがた雪室(ゆきむろ)ブランド事業協同組合の佐藤健之氏は、「地域ブランドを世界へ 克雪(こくせつ)から利雪(りせつ)へ」と題してマイクを握った。新潟県は全域が特別豪雪地帯で、大雪による災害も時折発生する。そのような自然環境の中、雪を「資源」や「社会資本」とポジティブに捉え直し、雪を使った天然の冷蔵庫である「雪室」をキーワードとして、新潟県の農林水産業や食品産業の競争力強化などにつなげていく事業を2012年に始めた。

佐藤氏によると、背景にあるのは、首都圏への一極集中による地域経済の疲弊だ。少子高齢化が進む中、地域の中小企業は極めて厳しい環境下に置かれつつある。そこで、雪室という未利用資源を活用し、各企業と連携して活性化を図ろうと組織したのが同組合だった。製造業や販売業、行政、研究機関、士業などによる組織の形成を佐藤氏は「重要なファクター」と指摘。「志の共有」によってブランド、知識、販路、営業の共有が可能だと説明し、「この形のビジネスモデルで各地域の中小企業が連携すれば、日本はどんどん元気になっていくと思う」と笑顔を見せた。

地域に商売をさせてもらっていることが分かった――白石氏

白石氏

メガネの製造・販売を手掛けるジンズ。白石将氏は、同社が2021年に「企業が行う公共とは何か」との命題の下、「人が集まる場所をつくり、地域の可能性を広げる」取り組みを行っていることを報告した。群馬県前橋市では、アイウェア(メガネ販売)だけでなく、ベーカリーカフェ、さらには「JINS PARK」という施設を整備し、地域を盛り上げるイベントを企画し、「前橋市内ではいちばん多くイベントをやっている場所」になっているという。白石氏は「最初は地域の課題が何か分からなかったので、自治会やNPO、学校、お店をとにかく訪ねて、みんなと話した」と振り返り、地域とのコミュニケーションの大切さを強調した。

こうした活動を通して、それまで30〜40代が主な客層だったのが、小学生から80代まで広がるなど、店へのポジティブな影響は大きく、「改めて、地域に商売をさせてもらっていることが分かった」と白石氏。また同社では「JINS GO」と名付けた販売車で高齢者施設や、病院に行きづらくメガネを作れない人のところに直接出向く活動も行っており、最近では、能登半島地震の避難所を回り、メガネが必要な人に無料でメガネを提供したことを紹介。今後の活動について、白石氏は「全国の店舗を拠点に、いかに地域の色を出しながら可能性を広げられるかを模索している」と締めくくった。

未利用資源を含め、社会関係資本の徹底的な活用を――吉川氏

吉川氏

セッション後半、ファシリテーターの吉川成美氏は、「公益性」をキーワードに、ソーシャル・キャピタルが今後日本でどう広がっていくかを3氏に問いかけた。

これに対して佐藤氏は高知県・四万十の栗を新潟の雪室で熟成させるなど、雪室を活用した全国の農産品の商品開発に取り組んでいることを紹介し、「地域と地域が直接結びつく、“インターローカル”の視点が大切だ」と指摘。向井氏は商船三井が「地域の皆さんのおかげで船で物を運ぶ仕事をさせてもらっている」ことを例に、「個々の利益は、誰のおかげで得た利益なのかを問い直し、地域地域で必要とされていることを(地域で)返していく」重要性を強調した。白石氏は「共益性と個の利益の追求のバランスが大事。社会的関係性とうまく向き合いながら地域に入る必要がある」などと語った。

3氏の論議を受けて吉川氏は、「まずは適切な顧客に焦点を当て、雪室のように、これまでは注目されていなかった未利用資源を含めた社会関係資本を、目的に沿って徹底的に活用していくことが未来を拓(ひら)くために必要ではないか」とまとめ、セッションを締めくくった。地域課題の解決にソーシャル・キャピタルの視点は欠かせない――。そのような印象を強く残したセッションとなった。

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