『虎に翼』寅子とよねの悲しい決別 妊娠・出産がキャリアに与える影響は現代でも

5月23日放送の『虎に翼』(NHK総合)第39話では、敗北の苦さが胸に沁みた。

寅子(伊藤沙莉)が事務所へ行くと、雲野(塚地武雅)が穂高(小林薫)と話していた。雲野は、穂高から寅子が講演会で倒れたと聞かされた。寅子の妊娠を知った雲野は、「弁護士の仕事を休んで子育てに専念することも大事なことなんじゃないか」と言い、寅子の仕事は自分たちが引き継ぐと話した。穂高も「弁護士の資格は持っているのだから、仕事への復帰はいつだってできる」と同意した。

あっけないほど簡単に、あれほど苦労して手にした立場が、いともたやすく引きはがされていく。上司と恩師の提案を寅子は受け入れ、事務所に辞表を提出した。女性の代表として「先頭に立って全てを抱えなくてもいい」という安堵ととともに、寅子の心は無力感で覆われていただろう。

事務所に迷惑がかからないように、頃合いを見て、自分から妊娠のことは話そうと考えていた寅子にとって、穂高の訪問は不意打ちだった。本人のいないところで、雲野は寅子の休養を決めてしまった。放心状態の寅子は返事をするのが精いっぱいだった。帰宅した寅子は、はる(石田ゆり子)に事務所を辞めたことを伝える。

「お母さんが言っていたとおり、歩いても歩いても地獄でしかなくて。私なりに頑張りました。けれども降参です」

女性の代表としての責任を双肩に担い、走り続けてきた寅子。しかし限界だった。仕事の失敗に初めての妊娠が重なり、久保田(小林涼子)や中山(安藤輪子)が現場を離れたことで、プレッシャーで押しつぶされそうになっていた。男たちは、自分たちが社会の中心であることを誇示するかのように、寅子から仕事を取り上げた。

寅子はどうすればよかったのか。そばで見てきたよね(土居志央梨)は無抵抗な寅子に声を荒げる。「いちいち悲劇のヒロインぶりやがって。自分一人が背負ってやってるって顔して恩着せがましいくせに、ちょっと男どもに優しくされたらほっとした顔しやがって。お前には男に守ってもらうそっちの道がお似合いだよ」と痛烈な言葉を浴びせた。

よねは寅子の妊娠を知らされていなかった。寅子がしたことは自分への裏切りで、男たちに頭を下げる寅子は屈服しているように見えたのかもしれない。「こっちの道には二度と戻ってくんな」とよねは吐き捨てたが、その声には一抹の寂しさがにじんでいた。

あらためて、妊娠・出産が女性に与える影響の大きさを痛感する。当時の社会は、子どもを産むことを女性の役割とする一方で、女性から社会的地位を取り上げた。同性の友人や家族は育児への理解はあっても、よねのように家父長制の庇護を受けない女性からは、寅子の対応は手ぬるくて男性に日和っているように見えてしまう。先駆者ゆえの困難に寅子は直面していた。

たしかに寅子は気負っていたかもしれない。私がやらなければと意気込んだはいいが、依頼者にだまされるなど空回りしていた印象もある。仕事を受けるために社会的地位が必要と考え、結婚を急いだことも短絡的だった。けれども、そのことを責めることはできない。去って行った仲間のため、また理不尽な現実に抗うため、常に全力で悲壮感すら漂わせる寅子は、ただただ必死だったのだ。

優未を出産し、母となった寅子は自宅で穏やかな日々を過ごす。直道(上川周作)が出征したことで、花江(森田望智)と話す機会も増えた。勉強と仕事に追われてきた寅子にとって、雌伏の時になるだろうか。
(文=石河コウヘイ)

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