“戦争犯罪人になる”覚悟をアウシュビッツ収容所長を演じた俳優が語る!戦慄スリラー『関心領域』【アカデミー賞2冠】

クリスティアン・フリーデル 撮影:佐藤久理子『関心領域』© Two Wolves Films Limited, Extreme Emotions BIS Limited, Soft Money LLC and Channel Four

世界騒然『関心領域』主演クリスティアン・フリーデル

2023年のカンヌ国際映画祭でワールドプレミアを迎え、グランプリを受賞したのを皮切りに、ヨーロッパで多くの映画賞を獲得し、今年のアカデミー賞では最優秀国際長編映画賞と音響賞の二冠に輝いたジョナサン・グレイザー監督の衝撃作、『関心領域』がついに日本公開を迎える。

アウシュビッツ収容所の隣で暮らす、収容所長として悪名高きルドルフ・ヘスとその家族の、贅沢な暮らしを描きながら、その横では煙突から煙があがり、叫び声や何かが燃える音が響くただならぬ状況を写した作品だ。

本作でヘス役に扮したのが、ミヒャエル・ハネケ監督の『白いリボン』(2009年)や、『ヒトラー暗殺、13分の誤算』(2015年)などで知られる、ドイツの気鋭俳優クリスティアン・フリーデル。現在45歳の彼は、もともとグレイザー監督のファンで、ドイツ俳優ならば躊躇しそうなこの役柄に、ためらうことなく身を浸したという。

日本でもっと評価されてしかるべき彼の、本作へのアプローチと俳優としての生い立ちについて話を聞いた。

「『この映画に本当に関わりたいか?』と訊かれ『もちろんです!』と」

―ナチスを描いたとても大胆なアプローチの作品で、芸術的な映画とも言えると思いますが、悪名高きルドルフ・ヘス(※ナチス親衛隊の将校でアウシュヴィッツ収容所所長)を演じることはさぞ覚悟がいることだったのではないかと思います。まず、ジョナサン・グレイザー監督とどのように出会われたのか伺えますか。

彼が新作のために俳優を探していると聞いて、そのときはまだどんな映画か、ましてどんな役かもわからなかったけれど、自分でビデオテープを作って送ったんだ。英語とドイツ語、どちらでもいいと言われたけれど、母国語の方が自然だからいいだろうと思い、ドイツ語で自分がなぜ俳優になったのか、などを語った。それが正解だったと思う。それからロンドンに来るように言われた。

―以前からグレイザー監督のファンだったのですか。

僕は若い頃からレディオヘッドの大ファンで、ジョナサンが撮った彼らのミュージックビデオ(「Karma Police」「Street Spirit (Fade Out)」)がすごく好きだったんだ。でも当時はグレイザー監督の名前は気にかけていなかった。今回新作の話があってから、あらためて彼のことを調べて、『記憶の棘』(2004年)や『アンダー・ザ・スキン 種の捕食』(2014年)を観た。そして、とてもナーバスになった(笑)。素晴らしいアーティストであることがわかったからね。でも会ってもっとも印象的だったのは、彼が素晴らしい人間でもあること。最初から、何か繋がるものを感じたよ。

最初にロンドンに行ったときに、彼とプロデューサーでジョナサンの友人でもあるジェームス・ウィルソンのふたりに会って、そのときにプロジェクトの内容やシナリオ、彼らがリサーチしたことなどについて詳しく話しを聞き、写真なども見せてもらった。すごく興味深かったよ。僕はヘスの家族について詳しく知らなかったから。

それから、どうしてもこのプロジェクトの一員になりたいと思った。その次にはもっと伝統的なオーディションを受けて、(妻役の)ザンドラ・ヒュラーと一緒に演じた。ラッキーなことに、僕らはすでにジェシカ・ハウスナー監督の『Amour Fou』(原題:2014年)という作品で共演していて、以来友人になっていたから、夫婦を演じるのにとても助けになったよ。

その後、ジョナサンから連絡があり、この映画に本当に関わりたいか?と訊かれて僕は「もちろんです!」と答えた。まるでプロポーズを受けるように(笑)。

「真実を語るなら目で嘘をつけ、もし目で真実を語るなら、口で嘘をつけ」

―たとえばヒトラーを演じるのを断るドイツ人俳優は多いと聞きましたが、あなたの場合、グレイザー監督だからこそ、この役を演じることに恐れを抱かなかったのでしょうか。

それも、もちろんある。僕は恐れを抱かなかったけれど、それは……もっとも大事なことは、この映画は「人間」を描くのであって、「犯罪者」を描くのではないということ。彼はたしかに収容所所長だが、同時に父親であり、家族を愛し、乗馬が好きで、自然に興味がある。浮気はしていても妻を愛している。こういうキャラクターを演じるのはたしかにチャレンジだったよ。ナチスでひどい人間であると知った上で、そうではない面を見せるのはね。

メリル・ストリープはたしか、「自分が演じるキャラクターを愛さなければならない」というようなことを語っていたと思うけれど、僕はもちろんヘスを愛せない。でも人間として彼を演じる上で、何かしらエモーショナルなコネクションを持たなければならない。初めて完成した映画を観たとき、すごく居心地が悪くなった。ときどき、そこに“自分”を発見したから。でも映画を観るときに俳優が自分を見出すのは、もっともなことだと思う。ただ、いい気分ではなかったよ。

―とても複雑なキャラクターを作りあげる経験はいかがでしたか。

強烈だった。彼が歴史上やったことを知っているし、劇中の伏線など、すべてわかった上で演じていたから。でも自分はそれを観客と共有する立場にないから、自分のなかに留めておかなければならない。

彼の体のなかには、多くの緊張や不安があったはずだ。家族の主としてベストでいたいという気持ちの一方で、頭のなかにはつねに仕事のことがあったわけだから。それを表現するのは困難だった。あるときジョナサンは僕にこう言った。「多くを語る必要はない。ただ心のなかに(気持ちを)抱いていればそれで十分だから」と。「真実を語るなら目で嘘をつけ、もし目で真実を語るなら、口で嘘をつけ」とも言われた。

この矛盾が僕にとって最大のチャレンジだった。多くのシーンでは、彼はただ子供と話したり、ケーキを食べたり、パーティーをしたり、ふつうのことをしているだけ。犯罪者としての彼を観客は観ることがない。だから彼が頭のなかで何を考えているかわからない。けれども、僕にとって真実を探すことは重要なことで、とても強烈な体験だった。

「自分たちの歴史を振り返り、やってきたことを見つめ直すのはとても大切」

―あなたは他にも「居心地の悪い映画」である、ミヒャエル・ハネケの『白いリボン』(2009年)に出演されていますが、あなたの役はほとんど唯一、いい人でしたね。

たしかに(笑)。興味深いのは、あれは第一次大戦前夜の話だけれど、あの子供たちがきっと後にナチスになったのだろうと思えること。彼らが犯罪者になるのを想像することができる。

―グレイザー監督とハネケ監督は、まったく異なる手法の監督でしょうか?

ハネケは撮りながら何かを探求するわけじゃない。最初からとても明確だ。彼の脚本にはすべてが書かれているから、質問は出ないし、セットに来て、演じるだけ。それを彼は、目を閉じて耳で聞いている。「耳は嘘をつかない」というのが彼の信条だ。彼は俳優を信頼して、耳で聴くことによって、真実を感じ取る。とてもきめ細かい。でも、それはジョナサンにも言える。彼はドイツ語を喋らないけれど、注意深く聞いて真実を感じている。たぶん彼は、脚本のように撮りながらも、何かを探し求めていた気がする。

おそらく『白いリボン』は、ジョナサンのインスピレーションになっていたと思う。彼とあの作品について語り合ったんだ。僕にとっては初めての映画作品だったけれど、大きなギフトで、あれによって俳優としてすべてのドアが開いた。ジョナサンと仕事ができたのも、それがきっかけになっていると思う。

―あなた自身のことを少し伺えますか。東ドイツで生まれたそうですが、壁が崩れたときのことを覚えていますか?

よく覚えているよ。でもまだ10歳だったから、壁が崩れたことによる影響などは理解できなかった。もちろん、壁がなくなってやりたいことが自由にやれるようになったことは嬉しかった。今日、ドイツでもいろいろと動きがあるなかで、本作のように自分たちの歴史を振り返り、自分たちがやってきたことをあらためて見つめ直すのは、とても大切なことだと思う。

―あなたはミュージシャンでもありますが、演技と音楽への興味はどのように生まれたのでしょうか。

子供のときから自分を表現したり、人々を楽しませたいと思っていたんだ。演技や歌うこと、パペットシアターなどに興味があった。どうしてそういう欲求が湧いたのかはわからない。自分の父は医者で、母は経済学者で、まったく違う畑だから。自分が生まれる前になくなった祖父がミュージシャンだったから、その血を継いだのかもしれない。

「ジョナサンはとても勇気があり、賢明で、インスパイアされる」

―映画を観るようになったのはいつ頃ですか?

子供の頃、近所に映画館があって、毎週日曜朝9時に子供向けの映画が上映されていた。僕は毎週通ったよ。映画のあと、映画館の隣でアイスクリームを食べる、それが僕の習慣だった(笑)。そして映画館に行くたびに、自分もスクリーンのなかの一員になりたいと思った。それが夢だったんだ。

一度、女の子と映画を観に行ったとき、僕はスクリーンを指して「あれは僕だ」と嘘をついた。もちろん僕じゃなくて、ブロンドの背の高い少年だったけれど、あれはメークをした僕だよと言って(笑)。彼女は本当だと信じこんだよ!

―当時どんな映画を観たのですか?

アニメーションのおとぎ話が多かったな。ときどきロシア映画もあった。8歳のときには『E.T.』を観たよ。ファンタジーだから西洋の映画でも東ドイツで公開されたんだろうね。映画館から出て、本当にわくわくしたよ。

―あなたにとって「師」のような存在の人といったら、誰でしょうか。

やはりハネケとジョナサンだ。ハネケは「自分は監督として妥協はしない」と語っていた。偉大な監督にとっては、そう困難なことではないのかもしれないね(笑)。俳優としても、覚えておくべきことだと思った。ジョナサンも自分のユニークなやり方を貫いている。とても勇気があり、賢明で、インスパイアされるよ。

取材・文・撮影:佐藤久理子

『関心領域』は2024年5月24日(金)より新宿ピカデリー、TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー

『ヒトラーのための虐殺会議』はCS映画専門チャンネル ムービープラスで2024年6月放送

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