ガスのイワタニ「液化水素」で株価躍進 1000億円でコスモ持分化の狙いとは?

岩谷産業の株価が快走しています。2020年半ばから値上がり傾向が強まり、2024年5月15日までの5年騰落率は140%に達しました。およそ5年間で2.4倍に上昇した計算です。

出所:Investing.comより著者作成

岩谷産業の株価が好調な理由として、利益率の改善が進んでいることが考えられます。また株価が急伸した2020年は、日本のカーボンニュートラル宣言など、各国で水素の戦略的な計画が公表された年でした。水素事業を展開する岩谷産業には思惑から買いが集まったとみられます。

岩谷産業の業績の推移と、同社が取り組む水素事業を押さえましょう。また2023年にコスモエネルギーHD株式を1000億円で取得した経緯も紹介します。

ガスの専門商社、LPガスで国内首位 10期連続の最終増益が射程圏

岩谷産業はガスの専門商社です。LPガスの小売りや卸売り、また産業向けにLNGや産業ガスの販売を手掛けています。

LPガスは小売で110万世帯、卸売りで330万世帯をカバーし、シェアはいずれも国内首位とみられます(2023年3月末)。産業ガスは空気分離ガス(※)のほか、水素、ヘリウム、炭酸ガスといった特殊ガスが主力商品です。産業ガスは鉄鋼や食品、医療などさまざまな業界で用いられています。

※空気分離ガス:酸素や窒素、アルゴンなど、空気から分離して製造するガスの総称

ガスだけでなく、機械や素材の販売も収益源です。

機械分野ではガスの製造装置や供給設備、ロボットや半導体製造装置といった産業機械を販売しています。家庭向けではカセットこんろやエネファームといった生活関連機器が主な製品です。素材分野では産業向けに樹脂原料や鉱物、非鉄金属などを取り扱っています。

ほかに『富士の湧水』の宅配水事業や、『fujina(フジナ)』ブランドの化粧品事業も展開しています。

【セグメントの状況(2024年3月期)】

※旧・自然産業事業セグメントは2024年3月期よりその他へ変更

出所:岩谷産業 決算短信

近年は産業ガス・機械事業とマテリアル事業がよく伸びています。総合エネルギー事業の売り上げが横ばいに推移する中、産業ガス・機械事業とマテリアル事業は右肩上がりに増加しました。

出所:岩谷産業 ファクトブックより著者作成

連結の直近10期の業績は以下の通りです。売上高より利益が顕著に増加している様子がうかがえます。営業利益率は2024年3月期に6.0%に達しました(2015年3月期:1.6%)。利益率が改善した理由は、採算性の高い産業ガス・機械事業とマテリアル事業が好調なこと、売り上げに対し販管費の伸びが抑えられていることなどが考えられます。

出所:岩谷産業 ファクトブックより著者作成

今期(2025年3月期)も増益を見込んでいます。特に経常利益と純利益は、後述するコスモエネルギーHDの持ち分法適用会社化の影響もあり2ケタ増益の計画です。計画通りなら純利益の増益は10期連続となります。

【岩谷産業の業績見通し(2025年3月期)】 ・売上高:9020億円(+6.4%)
・営業益:527億円(+4.1%)
・経常益:728億円(+10.0%)
・純利益:540億円(+14.0%)
※()は前期比
※2024年3月期時点の同社の予想

出所:岩谷産業 決算短信

水素に国策化の追い風 岩谷は先行投資で需要に備え

岩谷産業は水素関連銘柄の代表格として知られています。

岩谷産業の水素販売は国内トップクラスです。およそ7割のシェアを持つとみられ、特に液化水素では市場を独占しているとみられます。

そんな水素ですが、近年は大きな注目を集めています。水素が次世代のエネルギーとして活用が期待されているためです。

日本は2017年、世界に先駆けて水素の国家戦略「水素基本戦略」を公表しました。水素を主なエネルギー源とする水素社会の実現を2050年までに目指す計画です。同様の戦略は各国で公表され、2022年までに日本を含め26の国と地域で策定されました(出所:経済産業省 水素基本戦略(2023年6月))。

さらに2020年、日本はカーボンニュートラル宣言を発表します。2050年までに温室効果ガスの排出を差し引きゼロとする内容です。その実現に向け、2030年までに電源構成の1%程度を水素とアンモニアでまかなうことが目標として掲げられました。

現状、水素の主な用途は産業用です。ガラスや半導体製品の製造、金属の熱処理などに用いられます。水素基本戦略が進展するなら、さらにエネルギー用途として需要が生まれることになります。

需要の増加に備え、岩谷産業は水素事業への投資を強化します。推進中の中期経営計画(2023年度~20257年度)では重点施策に累計3200億円の成長投資を計画していますが、うち水素事業には最も多い1780億円を振り分けます。

【重点施策の成長投資額の内訳(2023年度~2027年度)】 ・水素:1780億円(55.6%)
・海外:940億円(29.4%)
・国内エネルギー・サービス:330億円(10.3%)
・脱炭素:150億円(4.7%)
※()は構成比

出所:岩谷産業 中期経営計画「PLAN27」

投資先行型の事業では、一般に償却費や金融費用の増加などから利益率が低下する傾向にあります。岩谷産業も中期経営計画において、2022年度比で自己資本利益率(ROE)と投下資本利益率(ROIC)の低下を見込んでいます。

岩谷産業の水素事業の売上高は2022年度で450億円でした。これを2027年度には920億円、2030年度では2000億円へ引き上げます。当面は費用の増加が想定されますが、将来の成長に向け先行投資を断行します。

コスモを1000億円で持分化 水素で協業を深化

水素事業の強化はM&Aも活用します。

岩谷産業は2023年12月、コスモエネルギーHD株式を旧村上ファンド系であるシティインデックスイレブンスら3者から1053億円で取得しました。岩谷産業が提出した大量保有報告書には、保有目的に「水素事業の協業に向けて関係性を強化するため」と明記されています。

コスモ株式の取得費用は借り入れでまかないました。そのため、岩谷産業の有利子負債は大きく増加しています。

出所:岩谷産業 ファクトブックより著者作成

岩谷産業はその後、公正取引委員会が排除措置命令(※)を行わないことを確認し、2024年3月にコスモ株式を15億円で追加取得します。一連の取引で岩谷産業のコスモの議決権保有比率は20.07%に達し、コスモは岩谷産業の持ち分法適用会社となりました。

※排除措置命令:公正取引委員会が独占禁止法上の違反行為を除くために行う行政処分

岩谷産業とコスモは水素事業で結びつきを強めてきました。2022年に水素事業での協業に合意し、水素ステーション事業や水素設備のエンジニアリング事業などを共同で運営しています。岩谷産業はより高いシナジーを狙い、コスモ株式の取得に至りました。

岩谷産業とコスモは2024年4月に資本業務提携を締結しました。コスモが持つサービスステーションネットワークの活用も視野に、水素サプライチェーンの構築を目指します。

なお、持ち分法によるコスモの業績の反映は2025年3月期第1四半期から開始されます。岩谷産業の持ち分法による投資利益は2024年3月期に大きく増加していますが、これにはコスモ取得にかかる暫定的な負ののれん相当額が含まれます。

【岩谷産業の営業利益~経常利益(2024年3月期)】 ・営業利益:506億円(+106億円)
・営業外収益:183億円(+94億円)
・うち持分法による投資利益:101億円(+92億円)
・営業外費用:28億円(+8億円)
・経常利益:662億円(+192億円)
※()は前期比
※持分法による投資利益には暫定的な負ののれん相当額93億7800万円を含む

出所:岩谷産業 決算短信

文/若山卓也(わかやまFPサービス)

若山 卓也/金融ライター/証券外務員1種

証券会社で個人向け営業を経験し、その後ファイナンシャルプランナーとして独立。金融商品仲介業(IFA)および保険募集人に登録し、金融商品の販売も行う。2017年から金融系ライターとして活動。AFP、証券外務員一種、プライベートバンキング・コーディネーター。

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