【コラム・天風録】中尾彬さんの終活

 「ギャップ萌(も)え」の先駆けかもしれない。迫力満点のこわもて。よく通る低音で毒舌を吐いたかと思えば、直後にチャーミングな笑顔を見せる。スカーフなどをぐるぐる巻きにした「ねじねじ」スタイルも愛らしく映った。81歳。俳優の中尾彬さんが旅立った▲11年前のNHKドラマ「ヒロシマ 復興を夢見た男たち」にも出演している。後に広島市長となる浜井信三さんに立候補を促す先輩市長の役を演じた。「広島市のために死にんさい」。迫真の広島弁に、役者魂を見た▲自らは終活の実践者として知られる。17年前の大病を機に遺言状をつくり、複数の別荘をあっさりと売り払う。家財や「ねじねじ」も大半を処分したらしい。妻で俳優の池波志乃さんとの共著「終活夫婦」につづった▲夫婦の断捨離は爽快だ。目的をきちんと共有していたからだろう。<生きていくためにやることであって、死に支度ではない>。無駄をそぎ、憂いを断つ。より良い晩年を生きるために▲亭主関白を装う愛妻家。そのギャップもまた魅力的だった。「中尾彬らしいね~と笑って送ってあげてくだされば幸いです」。池波さんの別れの言葉は、終活が成功した何よりの証しだろう。

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