恋愛漫画の名作『覆面系ノイズ』 恋の成就より大切な、失恋描写に宿る真価

恋愛漫画における名作の条件、皆さんは何だと思いますか? 筆者は恋に敗れた登場人物の描写にこそ、恋愛漫画の真価が宿ると考えます。

この点において、福山リョウコさんによる『覆面系ノイズ』ほど美しい恋の終わりを描いた漫画はありません。

年間数百タイトルの漫画を読む筆者が、時事に沿った漫画を新作・旧作問わず取り上げる本連載「漫画百景」。第三十六景目は『覆面系ノイズ』です。

連載されていた白泉社の漫画誌『花とゆめ』が創刊50周年を迎えた今、恋愛漫画の名作『覆面系ノイズ』の“恋の成就以上に大事な失恋の描写”にフォーカスして、作品の魅力を紹介します。

漫画家・福山リョウコの代表作『覆面系ノイズ』

福山リョウコさんによる『覆面系ノイズ』は、2013年〜2019年まで漫画誌『花とゆめ』で連載された作品です。

高校生の主人公が在籍する覆面バンドの成長と、片恋に悩む登場人物たちの人間関係が描かれました。2016年には実写映画が公開、2017年にはTVアニメが放送されています。

前述したように『花とゆめ』が50周年を迎え、5月24日からは展覧会が開催。同誌で夏にはじまる新連載を準備中の福山リョウコさんのデスクを、精巧に再現し展示しています。

漫画家の仕事場を覗き見ることができる貴重な機会。筆者はしっかり目に焼き付けに行きます。

恋敵で友人でバンドメンバー『覆面系ノイズ』の複雑な人間模様

『覆面系ノイズ』の主人公は、歌うのが大好きな少女・有栖川仁乃(アリスガワ ニノ)。

彼女は幼い頃に初恋の相手・榊桃(モモ)と、浜辺で出会い親しくなった少年・杠花奏(ユズ)との別れを経験します。

ニノはいつか2人にまた会えると信じて歌い続け、数年後、高校でユズと再会。ユズがニノのために結成した眼帯覆面バンド「in NO hurry to shout」(通称・イノハリ)のボーカルに誘われます。

ほぼ同時に、作曲家として活躍していたモモが、別の覆面バンドを結成するためのオーディションを開催すると知ったニノは、ユズとモモ、2人の間で揺れ動くことに。

最終的にニノは、アリスの名義でイノハリにボーカルとして加入。モモはイノハリへの抵抗意識を燃やして結成した覆面バンド「SILENT BLACK KITTY」(通称・黒猫)で活動を開始します。

なお、ニノは幼少期から変わらずモモに恋しており、ユズはそんなニノに恋しています。そして、とある事情からニノへの想いを隠すモモ。一方通行でゴールの見えない、片恋の三角関係となっています。

また、気鋭の若手覆面バンドとしてのライバル関係もそこに重なります。ユズとモモはニノを巡る恋敵であり、作曲家としてのライバルであり、諸々の事情を抜きにすると良き友人でもある。複雑な関係です。

さらに、黒猫のボーカル・珠久里深桜(ミオウ)はユズが好きで、イノハリのベース・悠埜佳斗(ハルヨシ)はミオウが好き。

おまけにイノハリのドラム・黒瀬歩(クロ)は、兄の婚約者への恋心を隠し続けている……これでもかと片恋ばかり!

この混線具合にやきもきしながら、あっちにもこっちにも感情移入して、ページをめくる手が止まらなくなるのが『覆面系ノイズ』です。

作者が音楽フェスを取材して再現、感情が炸裂する激熱ライブシーン

誰も彼も恋が成就しない──そんな状況なので、『覆面系ノイズ』の登場人物たちはモヤモヤとした感情が募り続けているわけです。

ただでさえエネルギーが有り余る10代の彼らが、モヤモヤを、溢れんばかりの感情を、音に乗せて炸裂させるライブシーン。これが『覆面系ノイズ』の大きな見どころです。

日常パートで悩みまくっていた登場人物たちの姿を知っているからこそ、葛藤をパフォーマンスに昇華していくライブシーンが熱い! ぐわんぐわん心を揺さぶってきます。

喜怒哀楽さまざまな表情と、小気味いいモノローグが交差するライブの演出は、何度も見ても鳥肌が立ちます。

作者の福山リョウコさんが、日本最大級の音楽イベント「ROCK IN JAPAN FESTIVAL」をはじめ、実際にフェスを何度も取材していることもあり、ライブ描写は圧巻の一言。観客席から見たステージの迫力や、ステージから見える無数の観客など、あらゆる構図にリアリティがあります。

会場で爆音を浴びているように感じさせてくれる場面の数々によって、音楽/バンドモノの漫画としても、非常に読み応えがあります。

そんな片恋×音楽の青春群像劇として、万人にオススメである一方で、冒頭に書いた通り、『覆面系ノイズ』ほど美しい恋の終わりを描いた漫画もそうありません。ここからは物語の結末部分を掘り下げていきます。

ニノ、ユズ、モモの三角関係がどうなるのか書いてあるため、思いっっっっっきりネタバレです。

ここまで読んで興味の湧いた方は、ぜひ先に本作を読んでみてください。

作者の力量が表れる、失恋した登場人物の描写

筆者が本稿の冒頭に、“恋に敗れた登場人物の描写にこそ、恋愛漫画の真価がある”と書いた理由。

それは、失恋という手痛い経験をその登場人物の成長に繋げられるか否かに、作者の力量が表れると考えているからです。

一方が幸せになり、一方が不幸になるだけであれば、単純に物語としても片手落ちでしょう。読後感にも大きく関わってきます。

この点において『覆面系ノイズ』は完璧な結末でした。

『覆面系ノイズ』が描く、美しい恋の終わりとはじまり

主人公のニノは最終的にモモを選び、ユズは失恋します。一方でニノは、イノハリのボーカル・アリスとして、いつまでもユズがつくる曲を歌い続けると誓います。

ユズとイノハリの一員として苦楽を共にし、支え合い成長してきたからこそ出る言葉でした。ある意味、告白のようなこの誓いを受けて、ユズは恋が叶うより嬉しいと感じ入ります。

そして、混じり気なしの笑顔で「すきになってよかったよアリス」と言い、恋の終わりを受け入れ、失恋を糧にして未来に向かって歩みはじめます。最高に美しい失恋でした。

恋愛漫画やラブコメで、恋が叶わなかった登場人物を指し、“負けヒーロー”、“負けヒロイン”と呼ぶことがあります。

作中で恋愛を扱えば必然的に生まれる両者ですが、どうしてもその登場人物のファンが悲しむことになります。納得がいかないこともあるでしょう。ゆえに作品の評価にも直結します。先ほど失恋した登場人物の扱いに作者の力量が表れると書いたのは、これも理由です。

翻って『覆面系ノイズ』は、負けヒーローに当たるユズが、恋が叶うよりも嬉しいと幸せに満ちた笑顔を読者に向けてくれます。

ニノが恋のパートナーにモモを、音楽のパートナーにユズを選ぶ結末は、恋愛と音楽の要素を高次元で合致させた、本作らしい、秀逸すぎる三角関係の決着でした。

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