親が身につけるべき「正しい話の聞き方・伝え方」10の原則~⑩【「不登校」「ひきこもり」を考える】

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【「不登校」「ひきこもり」を考える】#25

この連載をここまで読まれた親御さんは気づかれているかもしれませんが、親子のコニュニケーションが行き詰まる背景には、親子のやりとりの中で、親である自らに喚起された「わが子の行く末や将来への不安」、「親として思うようにならない悲しさ」といった湧き上がるつらい感情に巻き込まれる--といったものが存在します。そのため、子の気持ちなど配慮する余裕がなくなり、無意識のうちに自らがつらさから抜け出すことを優先してしまっているのです。

親御さんは、そのために「叱る」「正論を言う」といった先制攻撃を浴びせて自らの感情に蓋をすることに必死で、子の心など目もくれていないという現実に気づき、そのような自分の感情ファーストから、子の感情ファーストに切り替える必要があるということなのです。

⑩「親の感情ファースト」にならないように最大限の注意を払う

ある19歳の大学生の男性Bさんのケースです。Bさんは大学に行けなくなり、自宅にひきこもりのような生活に陥っていました。親子の会話が最低限しかないBさんが、こんな話をしてくれました。

「僕にはトラウマがあるんです。中学生の頃、大好きなおじいちゃんが病気で亡くなったのですが、自分は運動部の大会があって、僕だけ死に目にあえなかったんです。その後、姉と弟が、僕のことを人でなしとか薄情者とか責めてきて、僕は耐えられないほどのつらい気持ちになって、自己嫌悪に陥ったんです。でも、未だにこの話を何度、母親にしても、『そんなのしょうがないじゃない』と言われるだけで……。どうしてもこのことが昼夜問わず思い出されて、その苦しみが抜けないんです」

ある日、お母さまがご一緒だった時、私もいるところでBさんが「あの日、本当に僕は苦しかった。今でもそのことが忘れられずに自分を責め続けているんだよ」と話したところ、やはりお母さまの第一声は「しょうがないじゃない」でした。

そこで、私は口を挟みました。

「息子さんは、中学生の頃から10年近くもそのことで一人悩み苦しんでいるとおっしゃるのに、その話を聞いたお母さんの第一声が『しょうがないじゃい』というのはどうなんでしょう? もう少しかけられる言葉があってもいいと思うのですが……。『つらかった』と今、言ってくれているBさんに対してはどう思われますか?」

すると、驚くことに突然、お母さまが号泣し始めたのです。そして、「私だって、そういったつらい思いを誰にも弱音を吐かずに一人でがんばってきたんです。それなのに、どうしてこの子の親だからと言って、その気持ちを私が聞かなければならないのですか!? そんなのズルイです!」と、胸の内を明かされました。

そうなのです、お母さまが傾聴・共感できなかった最大の理由は、彼女自身も自らの親との関係で傾聴・共感を十分にしてもらうことが叶わず傷ついた、まさに感情不全を呈していたためだったのです。だから、共感することが非常に苦手だったのです。ただ、その母親の場合、幸いにもBさんほどには繊細で脆弱ではなかったので、ひきこもりや精神科に足を運ぶほどまでにはならず、なんとか踏ん張ってこられたというわけです。

ひきこもりでメンタル不調を来し来院された20代半ばの男性Cさんも、やはり一代で会社を作り上げた父親が自分の話をまるで聴いてくれず、いつも話が自分の武勇伝ばかりに終始し、弱音を吐こうものなら途端に機嫌が悪くなることに苦しめられていたといいます。

ある日、息子が心配で来院されたCさんのお父さんから、こんな言葉が聞かれました。

「先生、俺だって親父もお袋もまともに話を聴いてくれなくて、とてもつらい思いをしてきたけれど、なんとか歯を食いしばってここまで死ぬ気でがんばってきたんだよ。なのに、こいつはいつまでも甘ったれたことばかりを言うので許せないんです。俺ができたんだから、息子もやればできるはずなんです」

それに対して私が言った言葉は、「お父さんと息子さんは、親子であっても性格も病気になりやすい体質も違うんですよ」というものでした。そしてこう続けました。

「お父さんにできたことでも、息子さんにはできないことはあります。その息子さんは、お父さんにもっと自分の弱い部分も含めて本音を聴いてもらいたいと願っていて、それができれば今よりはCさんにも良い変化が出るのではないかと思うのです」

父親はその場ではどこか釈然としない顔をしていましたが、思うところがあったのでしょう。後日のCさんのお話では、お父さんは以前より話をよくやさしく聴いてくれるようになり、以前よりも会話が増えたといいます。そしてCさんは、とても気持ちが楽になり、専門学校に入学したいという前向きな気持ちが自然に芽生え出し、現在はひきこもりを脱しておられます。(つづく)

▽最上悠(もがみ・ゆう) 精神科医、医学博士。うつ、不安、依存症などに多くの臨床経験を持つ。英国NHS家族療法の日本初の公認指導者資格取得者で、PTSDから高血圧にまで実証される「感情日記」提唱者として知られる。著書に「8050親の『傾聴』が子供を救う」(マキノ出版)「日記を書くと血圧が下がる 体と心が健康になる『感情日記』のつけ方」(CCCメディアハウス)などがある。

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