「風呂キャンセル界隈」は“ゴミ屋敷”の住人予備軍!? 支援難しい“セルフネグレクト”の実態

年代や性別に関係なく誰もが“セルフネグレクト”に陥る可能性がある(Ushico / PIXTA)

精神的に疲れていて、お風呂に入る気力がない。ショックな出来事があって何もする気になれない。そんな経験を誰しも1度はしたことがあるのではないだろうか。

つい最近も「風呂キャンセル界隈」という言葉がSNSで注目を集めた。「お風呂に入るのが面倒くさい」という趣旨の投稿から生まれた話題で、実にさまざまな人が“入浴できない理由”を語り合っている。その中には、“精神的な不調が原因でお風呂に入れない”といった意見も目立つ。

しかし、そうした「風呂キャンセル界隈」状態は、自己ケアができなくなる「セルフネグレクト」と隣り合わせだ。

セルフネグレクトとは、生活意欲が低下し、食事など生きる上で必要な行為ができなくなる状態のことだ。年代や性別にかかわらず、現代社会で生きる人々にある日突然振りかかるものだが、一般的にはあまり知られていない。

セルフネグレクトの実態と、医療・福祉の現場が直面している問題、そしてもし自分自身や家族がセルフネグレクトに陥ってしまったら、どのように対処すればよいのかについて、セルフネグレクトの調査・研究を行う岸恵美子さん(東邦大学大学院看護学研究科教授・保健師)に話を聞いた。

セルフネグレクトとは

聞きなれない「セルフネグレクト」という言葉。具体的にはどのようなものなのだろうか。

「直訳すると、“自分自身の放棄・放任”という意味です。食事や入浴、着替えや排せつなど、生活に必要な行為を何らかの理由でできない、あるいはしない状態をいいます。病気や障害ではなく、あくまで“状態”です」(岸さん、以下同)

岸さんによれば、セルフネグレクトには二つの要素があるという。ひとつがセルフ“ケア”の放棄。もうひとつが住環境の放棄だ。

「セルフケアの放棄が進むと、具合が悪かったりケガをしたりしても病院に行かず、そのまま悪化させてしまいます。ご飯を食べる気力もないので、最悪の場合は死に至ってしまう“緩やかな自殺”とも呼ばれています。

住環境の放棄は、いわゆる“ゴミ屋敷化”ですね。モノを片付けたり掃除したりする気力がなく、そのままため込んでしまって部屋がゴミ屋敷になってしまうのです」

ただし、セルフネグレクトに陥っているからといって、必ずしもゴミ屋敷に住んでいるというわけではない。岸さんが参加する調査チームの結果では、セルフネグレクト当事者のうち、自宅がゴミ屋敷化している人は約7割だという。

しかし、そもそも一体なにが原因でセルフネグレクトを引き起こしてしまうのか。岸さんはきっかけとして多いのは“喪失体験”だとして次のように説明する。

「家族や友人など親しい人の死や、離婚、恋人との別れ、ペットロス、リストラなど、さまざまな“喪失”が引き金となります。友人とのけんか別れや裏切りも含まれますね。これまでの人間関係が絶たれてしまったり、関係のあったものを失ってしまった時に心がぽっきりと折れ、何もかもどうでもよくなってしまうのです」

ライフイベント上のショックな体験以外では、病気や障害の発症も原因になり得るといい、うつ状態の末にセルフネグレクトになってしまうこともあるそうだ。

人によってはトイレに行く気力すらわかないため、手元のペットボトルで用を足してしまうこともあるという。実は筆者も、精神的な疲れがたまるとベッドから起き上がれなくなり、何日も食事や入浴ができなくなってしまう。岸さんによれば、その状態はセルフネグレクト“予備軍”の可能性があるのだとか。

「自力で日常生活に戻れるうちは大丈夫ですが、抜け出せなくなって長期化すると非常に危険です。セルフネグレクトはある日突然なるものではなく、本人も気づかないうちに、徐々に陥っていきます。部屋が荒れようが、食事ができなかろうが、麻痺(まひ)していくんですね」

支援を拒否するセルフネグレクトの当事者たち

前述の通り「セルフネグレクト」は病気ではないため早い段階で外部に助けを求められれば、支援につながり本人の回復にも役立つ。しかし、当事者の多くが「人に迷惑をかけたくない」「自分の状態を人に知られたくない」と隠すという。その結果、孤独死に発展するケースも珍しくない。岸さんら研究チームが65歳以上の孤独死(孤立死)765事例を分析したデータでは、8割が生前にセルフネグレクトの状態にあったという結果が出ている。

「プライドや周囲への遠慮から、誰にも相談できない・しない人が多数いらっしゃいます。問題を自分で解決しようというタイプの方ほど、セルフネグレクトになりやすいです」

高齢者であれば、離れて暮らす家族や近隣住民からの要請で支援につなげられる。当事者が一人暮らしの場合、「地域包括支援センター」が相談や支援を担当していることが多い。地域包括支援センターとは、各市区町村による直接運営、もしくは自治体から委任された社会福祉法人や医療法人、民間企業などが運営する、高齢者を対象とした公的窓口だ。

だが、センターの職員や支援ボランティアが本人のもとを訪れても「ほっといてくれ」と追い返されてしまったり、置き手紙をしても連絡がこなかったりと、支援を拒まれてしまう現実がある。

「65歳未満の人向けには、生活困窮者支援や引きこもり支援、社会福祉協議会による相談窓口の開設など、“相談があれば対応します”という制度は存在します。でも、相談に来ない人がほとんどです。プライドの関係で相談に来られないだけでなく、そもそも情報にたどり着けない人もいる。窓口で待っているだけでなく、こちらからこちらから訪問するなど“アウトリーチ”する必要があります。ただ、訪ねて行っても今度は拒否されるという難しさもあり、そこが医療や福祉、行政側が直面している課題のひとつです」

セルフネグレクトへの効果的な介入等に関する研究を行っている岸恵美子さん(撮影:倉本菜生)

セルフネグレクトの予防策は?

セルフネグレクトに陥ってしまうと、自分だけで元の生活に戻るのは難しい。まずセルフネグレクトを回避する方法はあるのだろうか。

「セルフネグレクトは自分では気づけないのが特徴のひとつですので、陥る一歩手前で気づけるかどうかが大切ですね。対策としては、“自分はこういう状態になったら危ない”というサインやバロメーターを持っておくといいかもしれません。水回りの汚れ具合や生ごみを溜めていないかなど、健康なときであれば『嫌だな』と思うポイントを知っておくといいですね。“好きなことができなくなる、したくなくなる”も危険サインのひとつです。

また、何かあったときに相談できる人を作っておいたり、相談できる機関を知っておくといいと思います。セルフネグレクト状態に陥ってからでは探すのも大変です。現状、そうした支援機関の存在について周知が足りていないので、広めていくことと、もっと気軽に話を聞いてもらえる場所を作ることが支援側に求められています」

もし家族や友人がセルフネグレクトになってしまったら?

もし家族や友人など、身近にいる大事な人がセルフネグレクトに陥ってしまった場合、周囲の人にできることは何だろうか。

「相手にとって何が必要なのかを考えて、寄り添って同じ時間を過ごすことですね。相手を責めたり、『何でこうなったんだ』と問いただしたりしない。当事者は『何をすればいい?』と聞かれるのも心の負担に感じます。多少お節介だとしても、ご飯を持っていったり、何気ない雑談をしに行ったり。誰かひとりでも”この人は信頼できて安心できる”という人がいれば、抜け出せるかもしれません」

実際にセルフネグレクトから抜け出した当事者の事例で、「支援者が毎日お弁当とお茶を持ってきてくれて、何も言わずに置いていってくれたことで自分の心が動いた」と語った人もいるそうだ。

「たとえ拒否されても、『私はあなたと関わっていきたい』という気持ちを伝え続けることが回復への手助けになります。セルフネグレクトにかぎらずだと思いますが、相手がどんな支援を望んでいるかを考えて行動するのが一番大切だと思います」

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