ゾウや車…地震で犠牲になった蒔絵師・島田怜奈さんの、鮮やかで細やかな漆絵の数々 倒壊建物から発見した取引先女性「自分だけの宝物に」葛藤を経て展示販売へ

亡くなった島田怜奈さんが手がけた作品=2024年4月4日、石川県輪島市

 能登半島地震の「輪島朝市」(石川県輪島市)周辺の火災で亡くなった輪島塗の蒔絵師島田怜奈さん(36)の作品が6月8~15日に大阪市阿倍野区の「漆ギャラリー舎林」で展示販売される。

島田さんが手がけた作品

 輪島塗は分業制で、別の職人が形を作って漆を塗った器などに、怜奈さんが郷土玩具や生き物などの絵を色鮮やかで細やかに手作業で描いていた。
 朝市周辺にあった怜奈さんの自宅兼工房にあった作品は火災で焼失したが、取引先の工房を営む吉田ひとみさん(62)の夫婦が、地震で倒壊した建物から怜奈さんが関わった作品を救い出した。
 吉田さんは怜奈さんの才能に惚れ込んでいた。ただ、展示販売を決めるまでには心の葛藤があった。(共同通信=村川実由紀)

 ▽兵庫から輪島へ

亡くなった島田怜奈さん(提供写真)

 北海道網走市で生まれた島田怜奈さんは幼少期から兵庫県三田市で育った。明石高校の在学中に漆芸に出会い、秋田公立美術工芸短大(当時)に進学。2008年に石川県立輪島漆芸技術研修所に入った。卒業後は師匠の元で修業を重ね、その後独立した。
 輪島塗は木を加工する人、漆を塗り重ねる人、装飾を加える人といったように複数の職人の手を介して生み出される。怜奈さんは装飾を施す蒔絵師で、漆に塗料を混ぜたり、金粉などを使ったりして器などに絵を描いていた。
 輪島市で吉田漆器工房を夫婦で営む吉田さんは怜奈さんと一緒に作った輪島塗の器などを販売してきた。吉田さんの夫が漆を塗って、怜奈さんが絵を描いた。10年来の付き合い。怜奈さんは週に一度は吉田さんの家に納品や手伝いに来ていたという。
 最後に会ったのは昨年の12月、怜奈さんが「輪島で一生懸命、仕事をやりたい。頑張ります」と話していたことが印象に残っている。怜奈さんは正月に実家に帰らずに輪島に残った。

石川・輪島市、輪島朝市周辺

 元日の地震の直後、輪島朝市の付近に住んでいた怜奈さんは安否不明となった。その後、火災で亡くなっていたことが分かった。「どこかで生きていてほしい」と強く願っていた吉田さんは新聞を読んで亡くなったことを知り、気分が落ち込んで何も手が付けられなくなった。怜奈さんに仕事を頼んでしまった自分を責めたこともあった。

 ▽倒壊した建物から遺作

 吉田さん自身も輪島朝市通りにあった店舗を火災で失った。自宅兼工房も倒壊被害を受けた。壁が崩れた建物を片付ける中で、怜奈さんが関わった作品が見つかった。およそ100点。一部にひびが入った作品もあったものの、多くの作品は無傷だった。

島田さんが手がけた作品

 五色鹿やこけし、鳩笛など各地の郷土玩具や縁起物が描かれたものが多い。怜奈さんは勉強熱心だった。例えば仙台で器を販売する時には「仙台には青いだるまがあるんですよ」と言って描いてくれた。なぜその絵を描いたのか、どんなものに縁起があるのか、納品の際に一つ一つ説明してくれた。

島田さんが手がけた作品

 作品の中には怜奈さんが絵柄を考えた伝統の枠にはまらないアジアンテイストの象やおもちゃのような車の器もある。イチゴ、オコジョ、ウナギ、コウモリ、チンアナゴ、お相撲さんの絵の作品を受け取ったことも―。お客さんに作品は好評だった。吉田さんは「怜奈ちゃんの発想にはいつも驚かされた。こんなかわいい漆絵を描ける人は他にいない。私自身が作品のファンだった」と語る。吉田さんは登山が好きなので個人の持ち物にリクエストしてライチョウの絵を描いてもらったこともあるという。
 作品を見つけた当初は、思い出の作品の存在を明かさずに「自分だけの宝物にしたい」という気持ちになった。しかし、怜奈さんが絵を描いた器の注文を受けていたお客さんの1人に地震で傷が付いたので納品が難しくなったことを連絡した際に「もし良ければ器が傷付いていても良いので作品を受け取りたい」と言われてはっとなった。

見つかった作品の中には、地震でひびが入ったものもあった

 「彼女の作品の良さに気づく人は全国にいる。私が彼女の才能を独占したままではいけない」。怜奈さんの家族に相談した上で展示販売することを決めた。

 ▽楽しんで描いていたんだと思う

 残った作品を見た島田さんの母裕子さん(65)は「楽しんで描いていたんだと思う。もうちょっと描かせてあげたかった」とつぶやく。怜奈さんは昔から絵を描くのが好きだった。「ひょうきんなところがあって、面白い子でした。楽しいことをよく発見してくる」といい、作品にもクスッと笑わせるような工夫がみられる。動物が好きでとくに鳥類が好きだった。
 好きな絵を描くことを仕事として続けていく中で苦労もあった。絵の仕事だけではなくアルバイトをしていた時期もあった。家族に「好きなことをやるのもつらいんだよ」と話していたという。

亡くなった島田怜奈さんが絵を描いた作品を手にする吉田ひとみさん=4月、石川県輪島市

 怜奈さんの仕事を応援するため、吉田さんも工房のインスタグラムで作品を紹介していた。「#(ハッシュタグ)」で名前を検索すると多数の作品が表示される。怜奈さんが開いた展示会で吉田さんが購入し、焼失した店舗に飾っていた杯の写真もある。「今では手に取れない作品。写真に残していて本当に良かった」と話す。
 吉田さんは取材時も幾度となく涙を流していた。気持ちに整理を付けるのは難しい。それでも展示販売会という目標を立てて、少しずつ前に歩み出している。

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