「五輪史上最難関」と呼ばれるパリのマラソンコース全容は? 市民ランナーの記者が走ってみると…、最大の鍵は過酷なアップダウン攻略

パリ五輪マラソンのスタート地点となるパリ市庁舎前=2024年1月(共同)

 「五輪史上最難関コース」。今夏、パリで行われるマラソンの舞台はそう言われている。世界遺産のベルサイユ宮殿で折り返し、エッフェル塔を見ながらゴールを目指す。風光明媚と思われるが、花の都での42・195キロは過酷なアップダウン攻略が最大の鍵。全容を知るべく、パリに向かった。(共同通信=山本駿)

※筆者が音声で解説しています。「共同通信Podcast」でお聴きください。

 ▽過去に9度フルマラソン出走経験

 ただの市民ランナーに過ぎない陸上担当の筆者は過去に9度フルマラソン出走経験があり、自己記録は3時間4分台。今年1月中旬、欧州出張の機会に恵まれ、別取材の合間にパリへ。全てを走ることはできなかったが、要所で車を下車しながらコースを回った。

パリ五輪のマラソンコース

 当日の気温は0度前後で寒さが残る中、既に五輪装飾が施されるスタート地点のパリ市庁舎前に立つと、自然と気持ちは高揚した。オペラ座の周りやルーブル美術館の前を通過。景色に気を取られれば、欧州特有の石畳で脚を取られる危険性もあり、位置取りを考えて慎重に進む必要がありそうだ。

 ▽最大156メートルの高低差

20キロ付近の標高最高点=2024年1月、パリ郊外(共同)

 序盤は平たんが続くが、セーヌ川にかかる橋を渡り終えた14キロ付近から一つ目の関門が待ち受ける。約6キロ続く上り基調の中に、小刻みに下り坂もあり、じわじわと脚に負担がかかる。木々に囲まれた20キロ手前からの急坂は、横を通り過ぎたマウンテンバイクの夫婦がすぐに諦め、歩いて押すほどだった。
 この間の高低差はコース最大の156メートル。高速コースとして知られる東京マラソンが約40メートルなだけに、4倍近くの数字が過酷さを物語る。昨秋のマラソン代表選考会後の11月末に日本代表選手の一部も現地視察に訪れ、14キロ付近からの計20キロ弱を試走。女子代表の鈴木優花選手(第一生命グループ)が「ジョギングでも非常にきつい傾斜で、見たことのない長さの起伏だった」と言っていたことを思い出した。

 ▽上り坂900メートルの難所は息切れ

折り返し地点となるベルサイユ宮殿前=2024年1月、パリ郊外(共同)

 23キロ付近のベルサイユ宮殿にたどり着くと、パリ市街地へと戻り始める。28キロ過ぎに控えるのがさらなる難所。コースの中で最も激しい斜度で、約900メートル続く上り坂は頂上が見えない。1キロ約4分ペースで挑んでみたが、途中で息切れ。やっとの思いで上り終え、今度は一気に市街地へと駆け降りていく。男子代表の小山直城選手(ホンダ)が「下りで外国人選手に思い切りいかれると、ついていけない。下り坂の見極めがすごく大切になってくる」と懸念していたが、ここでペース変動に対応するには相当な準備が必要だろう。

28キロ付近の急坂=2024年1月、パリ郊外(共同)

 ▽エッフェル塔を脇目に終盤は熱い展開も

 終盤は観光名所のエッフェル塔を脇目にデッドヒートが繰り広げられる熱い展開が予想される。男子が8月10日、五輪史上初めて女子のレースが8月11日の閉幕日に実施される日程で、ふさわしいクライマックスとなりそうだ。
 帰国後、2月末の大阪マラソンを走った小山選手に現地を見てきたことを伝えると「いろんな人から『日本だとどこの坂に似ていますか』と聞かれるんですが、例えられる場所がなくて困っているんです」と吐露された。数多くのコースを走ってきた選手がそう言うのだから、筆者も当然思いつかなかった。
 ただ、小山選手は取材にこうも答えている。「スピードでは海外勢に負けるかもしれないが、アップダウンや暑さがあれば十分日本選手にも可能性がある」。1月の大阪国際女子マラソンで19年ぶりに日本新記録を出した前田穂南選手(天満屋)は、2020年に起伏のある青梅マラソン30キロの部でも日本新をマークしている。「脚づくりができていれば、しっかり走れると思う」と自信を示すのも頼もしい。

28キロ付近の急坂を体感する山本記者=2024年1月、パリ郊外

 ▽マラソン大国、復権なるか

 かつてはマラソン大国と言われた日本も、五輪の表彰台は2004年アテネ大会で野口みずきさんが獲得した金メダルが最後。世界記録と日本記録の差も男女とも大きく開いている。今回の勝負もそう簡単にはいかないことは、実際にコースを見たからこそよく分かっている。
 パリ代表の海外勢に強敵は多い。日本の実業団NDソフトに所属し、男子でケニア代表に選出されたアレクサンダー・ムティソ選手もその一人。5月中旬に取材させてもらうと「ケニアのクロスカントリーコースで準備しないといけない」と余念なく、代表チーム合流へと飛び立った。他にも3連覇を狙うエリウド・キプチョゲ選手(ケニア)や女子で世界記録を持つティギスト・アセファ選手(エチオピア)ら、注目の存在がそろっている。

 ▽真夏の大一番、高速コースよりチャンスも?

ゴール地点となるアンバリッド(廃兵院)前=2024年1月、パリ(共同)

 当時「五輪最難関」と言われ、酷暑の中で行われたアテネ大会のコースを見事に攻略した野口さんは、終盤の下りを迎える前に25キロ付近の上りで意表を突いて飛び出し、独走態勢を築いた。「変化に富んだコースの方が私はリズムに乗りやすいところがあるし、練習をやってきた自信があった。アテネの坂に耐えられるようなトレーニングをしたからこそ、大胆に走れた」と振り返ってもらったが、今回の選手にも対策次第では上位進出のチャンスがあるだろう。
 鈴木選手を指導する山下佐知子さんは「高速コースと比べると、工夫のしがいはある」と前を向き、東京五輪6位で今回も出場する一山麻緒選手(資生堂)の専任コーチを務める永山忠幸さんも「フラットなコースよりチャンスはある。集中力が高く、精神力が強い選手が勝つ」とメンタル面の重要性を説き、一切諦めていない。
 過酷なレースに立ち向かうため、代表選手たちは最善の準備を施している。真夏の大一番での日本勢の奮闘を伝えるべく、再びパリに向かおうと思う。

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