県民防災の日を前に防災訓練 能登半島地震をふまえた海上からの物資輸送訓練もはじめて実施

41年前の日本海中部地震を教訓として、県は地震が起きた5月26日を県民防災の日と定めています。これを前に男鹿市で海上から物資を届ける初めての訓練が行われました。1月の能登半島地震を踏まえ、地理的な特徴が似ている男鹿半島で大地震が起きた場合を想定しています。

訓練は午前9時前、男鹿半島沖を震源とするマグニチュード7.9、最大震度6弱の地震が発生した想定で行われました

県が災害対策本部を設置し、職員が各市町村や関係機関と連絡を取り合って、被害の状況を把握していきます。災害時には正確な情報をいち早く集め、速やかに適切な対応をとることが重要となります。

防災監

「知事の方から要請出ましたのでよろしくお願いします」

本部に向かう知事に対しては電話で連絡を取り合い指示を仰ぎます。

■職員 自衛隊に要請

「男鹿市、秋田市、八峰町、能代市の方で津波が発生して甚大な被害があるようだ、というような連絡が入っております。危機管理監のほうから知事に派遣要請伺いまして、派遣要請お願いするように言われましたのでよろしくお願いします」

■職員電話で報告受ける

「戸賀地区、孤立してると。集落の数はどのくらいですか?はい。津波の(人的)被害なし。わかりました」

土砂崩れで道路が寸断され男鹿市の戸賀地区が孤立したという想定で、船を使った物資の輸送が提案されました。

■職員説明

「ナマハゲですとか、各関係機関のヘリにつきましては人命救助活動、こちら優先ということで現在運用しておりますので、緊急物資輸送で運用するのは不可、現在できないという状況です。よって空からの輸送は現在できないというところ。海上保安部さん、海からの輸送は可能でしょうか。」

■秋田海上保安部

「現状であれば湾内の状況を確認する必要性はあるんですが、小型漁船が数隻使えるということでしたので、最悪沖合まではうちの巡視船でもいけまして、戸賀漁港には入れないような状況がありましたら、小型の漁船を使用して人員・物資の搬送を行えればと」

県は今回の想定と同じ規模の地震が冬の深夜に発生した場合、県内の死者数は79人、けが人は922人と想定していて県民に日ごろの備えを改めて確認するよう呼び掛けています。

北嶋大聖記者

「戸賀湾に海上保安部の船が停泊しています。これから物資などを運び込む初めての訓練が行われます」

男鹿市の戸賀湾は3方向を斜面に囲まれ年間を通じて比較的、風の影響を受けにくい天然の良港です。

一方で、湾に面する戸賀地区は斜面の崩落などで道路が寸断されれば、ほかの地域との行き来が困難となります。男鹿市は大規模な地震が発生した際、戸賀地区を含めて12の地区が孤立する恐れがあるとしています。

孤立した地区の住民を迅速に支援するために。訓練では秋田海上保安部の巡視船からひとまわり小さい地元の漁師の船へ、海の上で物資と人員を移し替えます。

大型の船だと地形によっては接岸できないためです。

届けられた物資は港から車に乗せて運びます。

訓練を2週間後に控えた今月9日には県が『秋田海上保安部や自衛隊、警察など関係機関の担当者を集めた“最終調整会議”』を開き連携方法を確認していました。

三上防災監

「今イメージしている不足事態では、潮流とか風の影響でこう(船が)流されていく可能性があるので、ちょっと離れてくれとかいう指示は無線使って」

海保担当者

「あと直接後ろに乗組員いるので、口頭でもしゃべれるっていうところありますので、いくつか連絡系統はちゃんと整えたうえでいくっていうところです」

県は先月、男鹿半島で大規模な地震が発生した際の具体的な対応策をまとめるための会合を、初めて開きましたが、関係機関との協議は能登半島地震の発生を受け、1月から進めていました。

海の上で初めて行われる輸送訓練も、集落の孤立が相次いだ能登半島地震を教訓として計画されたものです。

三上防災監

「訓練でできないことは実践ではできませんので、そういった意味も含めて今回しっかりと実行動で訓練できれば、万が一の時に対応できると思いますので、みなさまも最後になるまで前向きに対応よろしくお願いします。」

災害時には住民の力を借りることがより早い対応へとつながります。訓練に参加した戸賀地区の男性は漁師歴50年の大ベテランです。

「漁師でも同じだ、自分のことなんともねば、まずやめて助けに行くのがこれ漁師の決まりっていうか、みんな漁やめて助けに行く」

午前11時すぎ、悪天候の中人員を乗せるための2隻の漁船が港を出ていきます。

自衛隊員や県の医療チーム「DMAT」などが巡視船の甲板で乗り移るタイミングを図っていました。

北嶋大聖リポ

「ほかの人員の乗船をサポートするため、まず自衛隊員がさきに乗り移りました。」

人員の乗り換えは滞りなく進みました。

先に運び込まれた物資に続いて人員を乗せた漁船が無事港に接岸しました。

漁師

「訓練しておいたほうがもし万が一のことなるよりいいんでねえの」

船に乗って派遣された医療チーム DMATはすぐさま車に乗り換え、避難所で体調不良を訴える人が相次いだ想定で訓練を続けました。

また戸賀地区の住民が参加する津波避難訓練も行われました。

三浦隆吉さん78歳

「ここまでは水、前回(日本海中部地震)の津波のときは来てないんですけど、道路までは来ておったっすね。だからだいたいそういうことみんな覚えてるもんだから、どの程度まで逃げたらいいかっていうところ」

戸賀地区の塩浜集落の「区長」を務める三浦隆吉さんは、住民全員が1人で高台へと避難できるわけではないと考えています。

「年取った人足腰の悪い人は誰かの援助ないと動けないとか、手引っ張ってとかね、そうなったら時間もかかるだろうし、山の後ろ上がるったって大変でしょうからね」

心配なことはほかにもあります。

サイレンなどが聞き取りにくかった三浦三浦隆吉さん

「これじゃうちの中におったら全然…サイレンの音ちょっと聞こえるくらいで」

かすかに聞こえた津波警報を知らせるサイレンを頼りに、自宅の裏手にある避難経路を登っていきます。

三浦さんは、日ごろから草刈りをするなど避難経路の整備を欠かしていません。

ただ、20メートル余りの高さまで続く急な斜面を登り切るのは一苦労です。

それでも津波が到達する想定よりも前に、避難場所となる戸賀湾展望公園までたどり着くことができました。

かかった時間は10分ほどです。

災害発生時いかにして孤立した地区の住民を支援していくのか。県は上空から物資を届ける手順などを確認するため、秋にはヘリコプターによる救援物資の輸送訓練を行うことも検討しています。

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