『関心領域』は勧めたいけど勧めたくない 今まで観たどの映画よりも怖かったエンドロール

リアルサウンド映画部の編集スタッフが週替りでお届けする「週末映画館でこれ観よう!」。毎週末にオススメ映画・特集上映をご紹介。今週は自分の関心は常にベイスターズの石井が『関心領域』をプッシュします。

『関心領域』

映画監督の名前や俳優、演出、脚本などを気にしてから映画を観るようになって約20年。記憶の中にある映画体験の中で、最も怖いエンドロールと感じたのが『関心領域』です。後半のとある演出からのとある音からのエンドロール。最初から最後まで一度も“楽しい”気持ちにはならず、むしろずっと嫌な気持ちになり続けた後のトドメの一撃。正直、少し病み気味の状態の方や、作品への没入度が高い方には本作はお勧めできません。何かをくらって、精神に作用してしまう怖れがあるからです。それが本作の凄さであり、映画として作られた理由でもあるのですが。

タイトルになっている関心領域(The Zone of Interest)とは、ポーランド・オシフィエンチム郊外にあるアウシュヴィッツ強制収容所群を取り囲む40平方キロメートルの地域を表現するためにナチス親衛隊が使っていた言葉。本作では、人類史上の中でももっともおぞましいユダヤ人大虐殺が行われていた、アウシュヴィッツ強制収容所の隣にある屋敷で暮らしてた一家の姿が描かれていきます。

父と母に子供たち。穏やかな陽射しの中で、他愛もない会話をしているほのぼのとした光景……のはずなのに、最初から違和感だらけ。なぜなら画面からありえないはずの死臭が漂ってくるから。登場人物の顔は一度もアップになることはなく、そこにはまったく人物への思い入れがないのがわかります。それもそのはず、本作のプレスによると、セットに10台の固定カメラが配置され、監視カメラのように捉えていたものだそうで。恋愛リアリティショーなら、意外な一面を見ちゃったオモシロ要素になるものも、使い方によってはここまで無機質で色のないものになるなんて。

そして、彼らの生活の中に当たり前のように聞こえてくる悲鳴や銃声。画面の中の彼らはあまりに無関心ですが、この作品を観る観客は、聞こえてくる音によって壁の向こうで何が起きているのかありありと想像できると思います。本作には、直接的にショッキングな映像や、グロテスクな描写は一度もありません。でも、最初から最後まで不快な音が聞えず、観客はずっっっと画面の外で起きているものを想像し続けさせられます。

すぐ目の前にあるはずなのに無関心のまま見ないふりを、見ないふりならまだしも気づくことすらできていないことは、誰にでも起こり得る/経験していることだと思います。ただ、ナチス将校であるヘスと妻のヘートヴィヒ、彼らも環境のせいで染まっただけで、私たちと同じ凡庸な人間だったとは思えません。みんながしていたから、知らなかったから、ではなく、明確に彼らが自ら望んで選択した行動だったから。その点において、本作は彼らに共感をさせることはしておらず、彼らの無関心を、ナチスのしたホロコーストへの怒りを、観客が持つようにいざなっているように感じます。

第二次世界大戦終戦から約80年の月日が経った今も、世界では戦争が変わらず続いています。そのとき、関心を持った自分は何ができるのか。劇中のとあるシーンで登場する人物がリンゴを土に埋めたように、何か行動を起こすのか、それとも目を瞑るのか。最終的にどんな選択をとるにせよ、まずは「考える」「想像する」ことを最初にするべきだと本作は教えてくれます。

第96回アカデミー賞で国際長編映画賞と音響賞を受賞した本作。国際長編映画賞はともかく、おそらくどんな年でノミネートがあったとしても、音響賞は『関心領域』が獲るでしょう。それくらい圧倒的で、ここまで音の怖さを、映っているものとテーマ自体との調和を突きつけた一作はなかったように思います。音を聞くためにも、その先を想像して考えるためにも、気持ちが万全なときに映画館で観ることをオススメします!

(文=石井達也)

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