ドイツを歩く(下)「ベルリン」VRで体感した国境警備隊“亡命の瞬間”【話題の現場 突撃ルポ】

有名な壁アート「兄弟のキス」(左から、ソ連のブレジネフ書記長と東ドイツのホーネッカー議長)/(C)日刊ゲンダイ

今年は東西冷戦の象徴である「ベルリンの壁」が崩壊してから35年の節目。ドイツ国内はどんな雰囲気に包まれているのか。ドイツ観光局が主催するツアーに同行した本紙記者が現地を歩いた。

東ドイツに位置しながら西半分が西ドイツの飛び地となったベルリンは、かつて総延長155キロに及ぶ壁が築かれた。ベルリン中心部ミッテ地区を横断するように流れるシュプレー川沿いに、壁の一部が保存されている。約1キロ続く「イースト・サイド・ギャラリー」だ。

壁の高さは約3メートル。簡単に登れないのはもちろん、壁の上部は筒状になっており、よじ登るためのロープをひっかけられそうな手掛かりもない。越境できないように建設されたのだから当然だが、予想以上の威圧感に驚かざるを得なかった。

平成生まれの本紙記者にとって、壁崩壊は学校の授業で習った歴史のひとコマだ。教科書に載っていた壁の上に立つ市民の写真を思い出し、思わず「よく登ったなあ」と感心してしまった。

イースト・サイド・ギャラリーの壁は両面ともアートで埋め尽くされている。壁沿いに歩くだけで楽しい。日本をモチーフにした作品も並ぶ。日の丸の背景に富士山と五重塔が描かれ「日本地区への迂回路」と日本語で書いてある。東ベルリン生まれの作家トーマス・クリンゲンシュタインの作品だ。彼の子どもの頃の夢をテーマに、旅行の自由や開かれた土地への切望、他文化への寛容さを表現したという。

「兄弟のキス」には人だかりが

数ある壁アートの中でも、観光客のお目当ては「兄弟のキス」と呼ばれる作品。社会主義者同士の友愛を描いたもので、東ドイツのホーネッカー議長とソ連のブレジネフ書記長が口づけを交わしている。この作品の前だけ、スマホ片手に写真を取る観光客の人だかりができていた。

イースト・サイド・ギャラリーと同じく、シュプレー川沿いには東ドイツ時代の倉庫を改装した「ウォール・ミュージアム」(壁博物館)がある。13の展示室をめぐりながら、第2次大戦の終わりから壁崩壊までの歴史を解説員が説明してくれる。東ベルリンで科学者として勤めていたという解説員は「東西が分断されていたころは、ある意味で“面白い”時代ではあった」と懐かしがった。

分断当時を最新技術を使って学べるのが、「コールド・ウォー・ミュージアム」(冷戦博物館)だ。2022年11月にオープンした新施設で、東ドイツの対外諜報機関HVAのスパイグッズなどが展示されている。諜報員が持ち歩いていた銃入りの肩掛けカバンやスーツケース爆弾などが生々しい。目玉はVR体験。東から西へ亡命した国境警備隊のコンラート・シューマン(当時19歳)が、壁建設中に鉄条網の敷かれた境界線を西側へ飛び越えた時の様子を再現ドラマで追体験できる。

VR装置をかぶると、視界に映るのは境界を挟んで見合う警備隊や東西市民の姿。シューマンの視点だ。

流れてくる音声がドイツ語だったため、何を言っているかは分からなかったが、西側の老婦人から激しく罵倒されたり、西側の若者からはやし立てられたり。鉄条網を飛び越えるタイミングを図りながら、たばこを吹かしつつ、手持ち無沙汰を装いながら境界付近へとにじり寄る。西側の警察車両のバンが目の前にやってきた次の瞬間、鉄条網を飛び越え、後方のドアが開け放たれたバンに転がり込む。VR装置を付けて座っているだけなのに、「ハァハァ」と漏れるシューマンの息遣いに釣られて、こちらも呼吸が乱れるような臨場感だった。

「世界の分断」といわれる今こそ、かつて東西に引き裂かれたベルリンを歩いてみてはどうだろうか。

(取材・文=高月太樹/日刊ゲンダイ)

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