キングズリー・ベン=アディル、ボブ・マーリー役で意識したのは「“らしさ”を体現すること」

“レゲエの神様”ボブ・マーリーの苦悩と葛藤をはじめ、その波乱万丈な生涯を描いた伝記映画『ボブ・マーリー:ONE LOVE』。誰もが知る世界的トップスターのボブ・マーリーを演じているのは、『あの夜、マイアミで』や『シークレット・インベージョン』、『バービー』などへの出演で知られるキングズリー・ベン=アディルだ。役作りや撮影秘話、そして自身のキャリアについて話を聞いた。

ーー誰もが知っているレジェンド的な存在であるボブ・マーリーを本作で演じることが決まったときの心境を教えてください。

キングズリー・ベン=アディル(以下、ベン=アディル):嬉しかったのと同時に、「これは大変な仕事になるぞ!」と思いました。喋り方から歌やギター、外見や身のこなしまで、マスターしなければならないことが山ほどあったので。だからすぐさま準備にとりかかりました。時間を見つけては、そうした様々な要素を身につけるための努力を積み重ねていったわけですが、まさに猛特訓といった感じで、かなりハードな過程でしたね。でも自分には、そういうやり方が性に合っているというか、プレッシャーが大きければ大きいほど奮い立つ、みたいなところがあるんです(笑)。

ーープレッシャーが原動力になるタイプなんですね。

ベン=アディル:ご遺族や友人が全面的にサポートしてくれたのも、自分にとってはすごくラッキーでした。電話やメールはもちろん、直接訪ねて行くのも大歓迎といった感じで、ボブ・マーリーという1人の人間を理解するのに大いに役立ちました。ジギー(・マーリー)とは特に頻繁に話したけれど、彼だけではなく、生前のボブを知る人々はみんな本当に協力的でした。なかでもセデラ(・マーリー)が、家族以外誰も見たことがない非公開のアーカイブ映像を送ってくれたのは、本当に光栄でした。何カ月もの間、そこに収められているボブのインタビューを繰り返し見聞きしながら、彼への理解を深めていきました。気がつけば、一語一句丸暗記していたくらい(笑)。撮影に入る頃には、ボブの魂が乗り移ったと言っても過言ではないほど、役に成り切っていたんです。ボブが言っていることの意味だけではなく、伝えたかった彼の想いまで分かった気がしましたし、自信を持って演じることができました。

ーープロデューサーとして参加しているジギー・マーリーさんとは具体的にどういう話をしたのでしょう?

ベン=アディル:ジギーとはありとあらゆることを話しました。ほぼ毎日話していたんです。映画のシーン一つひとつについて、特に独自の文化をめぐるディテールについて、とことん話し合いました。ボブも含め、ジャマイカで日常的に使われるパトワ語は、アメリカ英語やウェールズ訛りといった方言と捉えている人が多いけれど、そんなレベルではなく、むしろ外国語に近い。ところどころ英語の単語が混じっているから、英語を話す人にとっては簡単そうに思えるけど、甘かったですね(笑)。さしずめフランス語を習うようなものでした。言語指導のチームだけでも、発音や構文、その時代特有の言い回しなど、パトワ語の様々な要素を専門とするエキスパートが7~8人はいたと思います。現在使われているパトワ語と、1970年代に使われていたパトワ語ではかなり違いがあるし、各シーンの時代設定を踏まえて、細部に至るまで気を配りました。ボブが使いそうな単語やフレーズを台詞に組み込むことも含めてですね。そんなわけで、ジギーとは撮影前から映画が完成するまで、毎日本当にいろいろなことを話しました。実は昨日も話したんですよ(笑)。

ーーそうなんですね! 役作りでもっとも重視したことを教えてください。

ベン=アディル:撮影中、何よりも心がけたのは、“ボブらしさ”を体現することでした。ボブについてリサーチする過程で個人的に最も興味を惹かれたのは、彼の持つ人間としての弱さや繊細さ、そしてどれほど大きなプレッシャーの下で、どれだけストレスを抱えていたのかという点でした。そういった側面をバランスよく散りばめて演じるのはとても難しかったですが、そこに一番気を配りましたね。ある状況に置かれた際にどう対処するか、僕とボブとではまったく違うだろうし、その上ボブは立ち振る舞いから言葉遣いまで何もかもが独特なので、事実に忠実に演じるという点でも、ジギーをはじめとする遺族や友人たちから得たサポートは計り知れないほど大きな助けになりました。

ーー劇中でも披露されている歌やギターはもともとやられていたのでしょうか?

ベン=アディル:いや、実はまったく経験がありませんでした。なので、YouTubeを見ながらギターのコードを必死で覚えました(笑)。劇中での歌に関しては、レコードの音源からとったボブの歌声に、僕の歌声をミックスしているんですが、基本はボブの声がメインなんです。ボブが自宅の寝室で独り作曲をする光景を収めた秘蔵テープを聞かせてもらったんですが、そこでは声をセーブするためにかかなり低めの音域で歌っていて、ステージでの歌声しか知らない人には、まるで別人が歌っているように聞こえるんです。僕は高音が出せないので、アコースティックのセットで歌うシーンでは、そのテープを真似ました。結構いい線いったと思っています(笑)。一方で、ステージで演奏するシーンでは、僕の声にボブの歌声を重ねて仕上げています。

ーー『あの夜、マイアミで』ではマルコムXを、『コーミー・ルール』ではバラク・オバマを演じるなど、実在の人物を演じることが多いですよね。

ベン=アディル:そうですね。“実在の人物を演じることに伴うプレッシャーとどう向き合うか”という点では、今回、過去の経験が活きた部分が多少あったかもしれません。イギリス人の僕がマルコムXを演じるのは、すごいプレッシャーでしたから。最初はかなり怖じ気づきましたが、「マルコムXは誰が演じようがマルコムX」と割り切って……というか、開き直ることにしました(笑)。どんな役柄であろうと、しっかり準備さえしておけば、演じきれないことはない。さっきも言ったけれど、ある程度プレッシャーがあるほうが、やる気が湧くタイプなんです(笑)。ちょっとマゾっぽいですけどね(笑)。

ーー(笑)。想像で生み出すオリジナルキャラクターを演じるのと、実在した人物を演じるのとでは、演技に何か違いは出てきますか?

ベン=アディル:特に違いはありません。実在の人物を演じる際は、その人の動きや話し方や容姿を正確に捉えなきゃいけないというのはあるけれど、役作りや演技に対するアプローチそのものは何ら変わりません。脚本を読んで、自分が演じるキャラクターが何を考え、どんな夢や願望や恐れを抱いているのか、そのキャラクターがストーリー上どんな立ち位置で、どういった役割を果たすのかを理解する。その上で、自分自身を役柄に反映させていく。そのプロセスは、いつも同じです。今回ボブ・マーリーを演じるにあたっても、単なるモノマネにならないよう、ひとりの人間として彼を理解し、それを基に自分のバージョン……僕なりのボブ・マーリー像を作り上げていきました。確かに彼は、誰もが知る伝説の存在ではあるものの、撮影中はそういうことをあまり考えませんでした。僕にとってはすでに、古くからの友人のような存在になっていたし、撮影中はことあるごとに心の中でボブと会話していましたから。「このとき、実際は何を考えていたの?」とかね(笑)。

ーー『シークレット・インベージョン』や『バービー』を含め、話題作への出演が続いていますね。演劇から俳優業をスタートして10年以上、これまでの道のりと現状も含め、自身のキャリアを振り返っていかがですか?

ベン=アディル:ものすごく恵まれていたと思います。演劇学校を卒業してから5年ほど舞台で経験を積んで、その間イギリスを代表する素晴らしい舞台俳優たちと共演し、実に多くのことを学ばせてもらいました。その後テレビドラマの仕事をもらい、さらに経験を積むという具合にトントン拍子でキャリアが進んでいき、本当にラッキーでした。特定の進路を思い描いていたわけではないけれど、そのときどきの自分に合う仕事に恵まれたという意味でも、ごく自然な形でキャリアが進展してきたように思います。例えば、もし25歳のときにボブ・マーリー役をオファーされていたとしたら、おそらくできなかった。なるべくしてなるというか、全ての物事には理由があるというか……。準備が整った時点で、相応しいチャンスがやってくるものだと僕は考えています。

ーー最後に、今回ボブ・マーリーを演じた経験を通して学んだことを教えてください。

ベン=アディル:いろいろありますが、まずは音楽の素晴らしさですね。ボブ・マーリーが、比較的短い期間にどれほど多くの名曲を生み出したか。もちろん僕も以前からファンでしたし、彼の音楽はよく聞いていたけれど、アルバム一枚一枚をじっくり探求し、収録曲の誕生秘話や時代背景、アルバムが完成するまでの道のりを知るのは、とんでもなく刺激で衝撃的な体験でした。彼こそ真の天才であり、唯一無二のアーティストだと、改めて思い知らされました。彼の歌には、凄まじいパワーがある。自分で歌ってみると、そこに込められたメッセージに感動して、胸がいっぱいになってしまうことも度々ありました。歌詞を本当に理解することができれば、1曲1曲が持つ高い精神性と崇高さに気づくはず。この映画を観る人たちも、改めて彼の音楽の素晴らしさに気づき、歌詞に込められたメッセージをしっかり受け止めてくれることを願っています。

(取材・文=宮川翔)

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