検証対象
ニューヨーク ドレスを着て自由を謳歌するイラン最高指導者ハメネイ師の孫娘。 抗議活動者達は呼びかける。 「イランでは、ヒジャブのせいで私たちの娘たちが殺されているのに、ハメネイ師の孫娘が何を着ているか見てみろ！」 身内への甘さは、どこかのカルト宗教や日本の首相と同じ。
（※動画付き投稿）一般ユーザーのX投稿（2024年5月12日、約4000リポスト）
判定
この動画は2019年9月、アメリカ・ロサンゼルスで、イランの政権に親和的なロビー団体に対し活動家らが抗議する様子を映している。元の投稿には「ハメネイ師の孫娘」という情報は無く、動画の女性らが誰かは不明である。
ファクトチェック
動画には、車から降りるワンピースらしきドレスを着た女性2人と、その方向に対して抗議活動をする人々が映っている。「恥を知れ（Shame on you）」と複数回叫ぶ声や、ブーイング、拡声器で演説する声などが聞こえる。
最高指導者のアリ・ハメネイ師を中心とした保守派の体制が権力を握るイランでは、ヒジャブと呼ばれる髪を覆うスカーフの着用が女性に強制され、女性の権利を求める国内外からの反発が強まっている。2022年9月には、ヒジャブを適切に着けていなかったとして女性が道徳警察に逮捕されその後死亡した事件をきっかけに、大規模な抗議運動に発展した（参照）。
検証対象の投稿では、最高指導者ハメネイ師自身の孫娘がヒジャブを着けず、比較的露出の多いドレス姿でアメリカのニューヨークを歩き抗議を受けたと主張されている。
ロサンゼルスでのイラン系団体への抗議
しかし、この動画が撮影されたのはニューヨークではなく、ロサンゼルスだ。元々は2019年9月にイラン人の活動家がTwitter（現X）上に投稿したもので、投稿にはペルシャ語で「ロサンゼルスで今夜開催されるNIACのイベントに参加するイラン人（ایرانیان شرکت کننده در ایونت امشب نایاک در لس انجلس）」と書かれ、「#NIACLobbies4Mullahs（NIACはムッラーのためにロビー活動をしている）」というハッシュタグも付けられている（ムッラーとはイスラム教の聖職者を指す）。
投稿日である2019年9月21日（現地時間）には、ロサンゼルスのウェスト・ハリウッド・ホテルで全米イラン系アメリカ人評議会（NIAC）によるパーティーイベントが行われている。NIACはアメリカに拠点を置くイラン系のロビー団体だが、人権を抑圧するイランの政権に協力する活動を行っているとして反体制派市民らから批判されていて、SNS上では上述の「#NIACLobbies4Mullahs」のハッシュタグを用いた抗議が行われている（参照）。このパーティーイベントについても、出演予定だったイラン人歌手がNIACの親政権活動を理由に出演をキャンセルするなど、抗議の対象となっていた。
上述の活動家は他にも同じ抗議活動の動画をいくつか投稿していて（参照1、2、3）、参加者が「イランの体制変革を（REGIME CHANGE IN IRAN）」「イランの政治犯を解放せよ（FREE POLITICAL PRISONERS IN IRAN）」などと書かれたプラカードや、アメリカに亡命中で王政復古派の支持を集めるレザ・パーレヴィ元皇太子の写真を掲げる様子などが映っている。
動画に映る建物をGoogleマップのストリートビューと照らし合わせると、ウェスト・ハリウッド・ホテルと一致する特徴が確認できる。
左：元動画、右：Googleストリートビューより。囲み強調は筆者による。赤いWの書かれた看板など、各部が一致する### 「ハメネイの孫」の情報無し
しかしながら、活動家による一連の投稿で「ハメネイ師の孫娘」について触れたものは無い。NIACのイベントレポートでは芸能人や議員ら著名人の参加についても書かれているが、ハメネイ師の孫が参加したという情報は見当たらない。動画に映る2人の女性はイベントの出席者と思われるが、具体的に誰かは特定できなかった。
また、そもそもハメネイ師にこの動画に映っているような年代の孫娘がいるという信頼できる情報は確認できなかった。
過去にはホメイニ師の孫とする投稿も
一方で、YouTubeなどでは2019年10月頃から、動画の女性をイランの初代最高指導者である故ルーホッラー・ホメイニ師の孫娘と主張する動画も複数投稿されている。これらの動画で「ホメイニ師の孫」として比較されている女性は正しくはひ孫のナイマ・タヘリ氏（参照）だが、動画と同一人物であるという具体的な根拠は確認できなかった。
女性がホメイニ師の孫であるとするYouTube動画（右）
以上のように、検証対象の動画に映る女性らがハメネイ師の孫娘であるという根拠は無いが、具体的に誰であるかは確認できず完全な否定はできないため、「根拠不十分」と判定する。
同様の検証は、アメリカのCheck Your Factや、イタリアのOpenなどのファクトチェックメディアも行っている（ただし、Openはホメイニ師のひ孫であるタヘリ氏を誤って孫と書いている）。
（高倉佳子、大谷友也）
