小さな石の社は空っぽでした【駅ぶら】06京王電鉄311 相模原線31

※2023年12月撮影

トップ画像は「稲城駅」北側を流れる「三沢川」に沿って西に歩き、「神王橋」交差点を渡って「松の台通り」に入った辺りです。

頭上を「JR貨物専用線」、といっても「JR東日本」が第一種鉄道事業者(所有)で、「JR貨物」は第二種鉄道事業者(借用)の「JR武蔵野南線」の高架線が横切っています。

この日は、どうも撮影のタイミングが合わなくて、陽射しが遮られる場所でカメラを用意している時はいくら待っていても貨物列車は来ず、移動中の逆光の時に限ってタンク車を長く引っぱる電気機関車などが通ってゆきました。So,it goes.(やれやれ)・・・とヴォネガット風にブツブツ言いながら何度も貨物列車を見送ったのです。(笑)

※2023年12月撮影

右に何かありますね。

※2023年12月撮影

「百村地蔵講 奉納 昭和55年4月」と書かれたお地蔵さんです。昭和55年は、1980年ですね。

※2023年12月撮影

通りかかるご近所の方がお地蔵さんに手を合わせておられました。

その左に「白山神社」という立派な門柱と奥に小さな石の社があります。でも社の中は空っぽ。神様はいらっしゃらないのでしょうか?

※2023年12月撮影

左隅に石仏がならんでいます。「供養塔」の「養塔」だけが辛うじて読めるもの、また「青面金剛像」とわかる「庚申塔」などがありました。しかし、全体に剥落が酷く文字情報は解読できませんでした。

この「白山神社」から50メートルほど西に「青面金剛庚申塔」とマップに記されています。

「青面金剛像」と足下の「邪鬼」、「三猿」もうっすらと見えました。筆者は「京王よみうりランド駅」で見に行った「庚申塔」の「青面金剛像」とよく似ている様に思いました。

※2023年12月撮影

「鶴川街道」に戻り南に歩くと「石敢當」があります。

※2023年12月撮影

沖縄で何度も見かけた時に地元の知人に尋ねたら「中国から伝わった魔除けだよ」と教えられました。しかし関東では極めて珍しいと思われます。

その「石敢當」の角を東に曲がって「相模原線」の方に歩きました。100メートルほどで「えきした」という居酒屋さんがあります。「相模原線」上り電車が「稲城駅」に到着。

※2023年12月撮影

西の「JR武蔵野南線」の高架線の下を進み左折して「相模原線」の南側に出ます。

※2023年12月撮影

次回は青い看板の「妙見寺」さんに古い「庚申塔」を見に行きます。

(写真・文/住田至朗)

※駅構内などは京王電鉄さんの許可をいただいて撮影しています。

※鉄道撮影は鉄道会社と利用者・関係者等のご厚意で撮らせていただいているものです。ありがとうございます。

※参照資料

・『京王ハンドブック2022』(京王電鉄株式会社広報部/2022)

・京王グループホームページ「京王電鉄50年史」他

下記の2冊は主に古い写真など「時代の空気感」を参考にいたしました

・『京王電鉄昭和~平成の記録』(辻良樹/アルファベータブックス/2023)

・『京王線 井の頭線 街と駅の1世紀』(矢嶋秀一/アルファベータブックス/2016)

© 株式会社エキスプレス