インディ500とフォーミュラEに共通する特異な勝ち方

今年も世界三大レースのうちの2つのレースが開催される週末(5月26日)が迫ってきた。インディカーシリーズのインディ500とF1モナコGPだ。もうひとつはWEC(世界耐久選手権)のルマン24時間で6月15日から16日に開催される。レースといえば、今年3月に日本で初めて開催された電気自動車によるレース「フォーミュラE」の東京大会も記憶に新しい。

レースは、ファイナルラップに1番最初にチェッカーフラッグを受けたドライバーが勝者だ。しかし、それに至る戦略がレースごとに違うから面白い。今回はインディ500とフォーミュラEの「勝利につながる共通の特異点」をお伝えしたい。

トップ写真は、昨年のインディ500決勝の様子。ポールポジションスタートのアレックス・パロウが集団を引っ張っている。

先行逃げ切りができるF1

まずは比較のためにF1のレース展開を振り返る。

2010年以降のF1は決勝スタート時に、レースを走り切れる燃料を積んでいる。したがって決勝の途中で給油はせず、ピットインの主な目的はタイヤ交換だ。破損したフロントウイングなどを交換する場合もある。

マシン形状は自由に設計できるため、特定のチームが圧倒的に強いという状況に陥る場合が多い。ご存知の通り2021年以降は、レッドブルレーシングのマックス・フェルスタッペンの1強時代にある。昨シーズンは22戦19勝、今シーズンも5月19日の第7戦エミリア・ロマーニャGPを終えた時点で5勝と圧倒的な強さだ。

エミリア・ロマーニャGPで優勝を喜ぶマックス・フェルスタッペン

もちろん、決勝のスターティンググリッドを決める予選は重要だ。ポールポジション(1番グリッド)からスタートして、誰にもトップを譲ることなく、そのまま1位でレースを終える“ポールトゥウィン”もよく見られる。

コンスタントなトップスピードとサバイブが求められるインディ500

インディ500は、18戦行われる「インディカーシリーズ」の重要な1レースとして第6戦目に組み込まれている。インディカーシリーズは、F1のような常設の“サーキット”と“市街地コース”に加えて、4つの直線を4つのコーナーで繋げた“オーバル”の3種類のサーキットで開催される。

インディ500は、はインディアナポリス・モーター・スピードウェイの1周4kmのオーバルを200周して争われる。つまりその距離は800kmにも及ぶ。東京駅から広島駅までが810kmなので、ちょうどこれほどの距離を、平均速度360km/h、最高速度380km/hで駆け抜けて、優勝を争う。

インディカーはこのレースを3時間ほどで走り切る。なお、東京駅から広島駅までは新幹線だと3時間54分、途中停車駅は8駅。インディカーは少なくとも5回か6回のピットストップを挟むが新幹線よりも1時間も速い。

1kmのストレート(2本)と200mの短いストレート(2本)を、9度のバンク角度がついた4つのコーナーで繋いでいる。インディ500はレーススケジュールも特別なもので予選前に練習が5日間、予選も2日間にわたって行われる。

インディ500の難しさは、トップと同じ周回で走り続ける=周回遅れにならないこと。そしてそれをファイナルラップまで続ける=生き残ることだ。1周は4kmあるが、ラップタイムは40秒ほどなので、例えばパンクしたタイヤ交換のために予定していない緊急ピットインをしただけで周回遅れになる。トップはずっと最高速で走り続けているので、同じ周回数に戻すのは至難の業だ。

インディ500におけるマシンセッティングは、いかに最高速を高められるかが重要なため、専用の前後ウイングは薄っぺらく、最小限のダウンフォースで走らなければならない。

左がインディ500仕様、右はサーキット仕様(第3戦ロングビーチ)とのマシン比較。インディ500仕様は前後のウイングともメインの1枚のみで、リヤは翼端板さえない。カーナンバー9のスコット・ディクソン(チップガナッシレーシング)はロングビーチで優勝を飾った有力ドライバーの一人だ。

そのためコーナリング中に内側の縁石にわずかに乗ってしまうことや先行車が自車の前で急にラインを変える(=チョップする)ことによるダウンフォースの変化で姿勢を乱すと、たちまちマシンのコントロールを失い、クラッシュ、リタイアとなってしまう。

クラッシュしたマシンと接触しリタイアすることもある。そういった場面に遭遇しない運も味方につけて生き残る必要がある。

レーススタートは現地時間午後12時45分。そこから約3時間のレースとなるため、気温も路面温度も低下していく。マシンはピットインが近づくにつれて軽くなり、給油すると重くなる。タイヤは摩耗してグリップを失っていく。そういった刻々と変化する温度やマシンのバランスに合わせて、ドライバーは300km/h超で走りつつ、アンチロールバー(サスペンションの調整)やウェイトジャッカー(車高の調整)で、マシンをミリ単位で調整しながら走らなければならない。大変なレースだ。

F1と違ってマシン自体はダラーラ製のワンメイク。エンジンはホンダとシボレーの2社のどちらか。あとは各チームが積み上げてきたデータとノウハウ。ドライバーのフィードバックとそれを踏まえて改良点を導き出すエンジニアの手腕次第で、レースごとに速いドライバーが異なる。事実今シーズンは5戦を終えて、4人の勝者が生まれている。

インディ500の予選も重要だ、予選までの流れをうまく持っていくのが重要と言った方がいいかもしれない。その理由はふたつ。1点目はとにかく最高速を上げなければならない、かつダウンフォースが少ない状態でもなるべく安定したマシンにも仕上げなければならないこと。予選でなるべく前のグリッドを獲得することは、他車の事故に巻き込まれる可能性も低くなる。

2点目は、単純に予選を通過しなければならないことだ。インディ500に限らずインディカーの面白い特徴として、チームごとに参戦するマシン台数が決められていない。そのためスポット参戦も可能だ。

今回のインディ500にはスポット参戦の7台を含めて34台が参戦する。決勝に進めるのは33台なので、1台が予選落ちになってしまう。

インディ500で3勝目を目指す我らが佐藤琢磨は、スポット参戦するドライバーの一人。タッグを組むチームは、2020年に2勝目のインディ500勝利をつかんだレイホール・レターマン・ラニガン・レーシング(RLL)だ。

佐藤琢磨とレイホール・レターマン・ラニガン・レーシングの面々。左の白シャツの人物がチームオーナーのボビー・レイホール。ボビーは1986年のインディ500ウィナーだ。

バッテリー残量が重要なフォーミュラE

フォーミュラEは、給油にあたる充電をせずに走り切るという点はF1と一緒。タイヤ交換もせずに走り切る。東京大会の場合、走行距離は約90km、レースのスタートからフィニッシュまでは54分だった。

マシンはダラーラ製ワンメイク、バッテリーも共通。パワートレイン(モーター、インバーター、ギヤボックス)は6メーカーが製造している。例えば日産のパワートレインは、日産チームとマクラーレンチームが使用している。11チームにドライバーは2名ずつで22名がチャンピオンを目指す(今シーズンは代役参戦の5名もいる)。

予選はF1やインディ500と比較すると、他車との接触やクラッシュに巻き込まれるリスクを除けば、そこまで重要ではない。というのはフォーミュラEの決勝は、ポールからスタートして後続を引き離してぶっちぎりの勝利というF1のような勝ち方ができないからだ。

その理由はバッテリーにある。フォーミュラEはレースごとに使用できる電力量が決められるため、自ずと1周あたりに使用できる電力量も決まる、そうするとラップタイムも決まる。その想定されたタイムよりも速く走ることは、電気を想定よりも多く消費することになる、つまり最後まで走りきれなくなってしまう。

事実、東京大会の場合、予選の最速ラップは1分18秒855だったのに対して、決勝のファステストラップは1分21秒699と約3秒も遅い。F1やインディカーなら、予選は最小限の燃料で走るため、満タンでスタートする決勝が遅くなるのは理解できるが、フォーミュラEにそれはないので、ペースを落として走っている。ゆえにタイヤの消耗も抑えられるため、ラスト数周でファステストラップを記録することが多い。

ミサノ大会のレース中に2ワイドで走るオレンジ色のマシンのジェイク・ヒューズ(マクラーレン)と緑色のマシンのセバスチャン・ブエミ(エンビジョン)

だからフォーミュラEのレースは、終盤まで数珠つなぎの隊列によるレース展開で、そこらじゅうで2ワイド、3ワイドで競いあっている。その間を縫って、するするとポジションを上げれば、後方からでも優勝は目指せる。

今シーズンで言えば、第10戦のベルリン大会は、10番グリッドスタートのダ・コスタ(ポルシェ)が優勝しているし、第6戦のミサノ大会で2位フィニッシュを飾ったジェイク・デニス(アンドレッティ)は18番手スタートだった。

第10戦ベルリン大会で優勝したダ・コスタ(ポルシェ)、2位はニック・キャシディ(ジャガー)、3位はオリバー・ローランド(日産)だった。

燃費のための「リードチェンジ」:インディ500

F1では先行逃げ切りの「ポールトゥウィン」が可能と書いた。インディカーでも常設サーキットと市街地コースでは可能だ。しかしインディ500では、トップのドライバーが2位にポジションをやすやすと譲る場面がある。それは燃費のためだ。

360km/hでの走行のために、ウイングを寝かせてドラッグ(走行抵抗)を減らしていたとしても、先頭を走ることはもろに空気抵抗を受けることになる。その一方、2番手はトップのスリップストリームに入ることで、空気抵抗が減る分、トップのドライバーよりもアクセル開度に余裕ができるため、燃費が良くなる。

これによって、トップを走り続けるドライバーよりも2番手のドライバーの方が、燃費で有利なことはもちろん、ピット戦略など作戦面でより多くの選択肢を得られることでも有利になる。そのため、レース開始から終盤までは、トップと2番手が入れ替わる「リードチェンジ」が頻発する。

昨年の決勝の様子。昨年は53回ものリードチェンジがあった。ストレートではオーバーテイクが盛んに行われる。

これができる場合は他チームのドライバーであっても、阿吽の呼吸で行う。それほど有利に立場に立てる作戦だ。もちろんレースの終盤では抜かれないようにトップのドライバーも抵抗する。その最も象徴的なレースと思えるのが、ファイナルラップでトップのフランキッティに、佐藤琢磨がオーバーテイクを仕掛けた2012年のインディ500だろう。

「勝つ」ために、あえてトップを譲るという特異さ:フォーミュラE

同じことがフォーミュラEでも行われる。先日の東京大会でトップを走っていた日産のローランドが、マセラティのギュンターにトップを譲ったことに衝撃を覚えた人もいたのではないだろうか。あの行為も電費を良くして、レース終了までバッテリー残量を持たせるための作戦だった。

第5戦目の東京大会はもともと33周で行われる予定だった。しかし20周目に起きた接触事故によってセーフティカーが6分50秒ほど導入された。フォーミュラEはセーフティカーが導入された時間によって周回数が追加される。東京大会の場合は3分10秒ごとに1周の追加だったので、35周のレースになると考えた日産チームはローランドのバッテリーが最後まで持たないと判断し、電費が良くなる2番手になるようにローランドに指示を出した。

トップを走る日産のローランド。すぐ後にマセラティのギュンターがいる。

そして31周目、ルール通りに2周の追加が発表される。迎えた最終周、ローランドはギュンターからトップを奪還すべく、あの手この手でギュンターを攻めるが、順位は変わらずチェッカーが振られた。その瞬間の両者のバッテリー残量表示は0.0%になったので、日産チームのバッテリー消費量の“読み”は正確だったが、マセラティとギュンターの勝負強さまでは読めなかった。

第8戦のモナコ大会では、このトップを譲って電費を稼ぐ作戦を進化させ、チームメイトとそれを行うことで、チームとして決勝でワンツーフィニッシュを達成したのが、ジャガーチームだった。

さらに、ジャガーチームのキャシディとエバンスの二人のドライバーは、もっと高度な戦略をそこに盛り込んできた。それはフォーミュラEの決勝中に義務付けられている2回のアタックモードを消化することだ。

アタックモードは、サーキットごとに指定された特定のコーナーを、通常の走行ラインよりも外側のラインを走ることで発動させる。発動させるとモーターのパワーが50kW分増強され、最大350kWで走行できるため、ライバルを抜く可能性を高めることができる。しかし大回りのラインを走るため、当然そのコーナーのタイムが落ちてしまい(モナコの場合は1.5秒ほど)、通常であればライバルに抜かれて順位を落とす。

連なって走行するカーナンバー37番のニック・キャシディと同9番のミッチ・エバンスのジャガーチームの二人。

31周で争われたモナコ大会の決勝で、10周目にワンツー体制になったジャガーの二人は、2番手がペースを落として、後続を封じ込め、1番手とのギャップを広げることで、1番手がアタックモードのラインを走っても順位をキープできるようにしたのだ。1番手が義務を消化したら、順位を入れ替えて同様に義務を消化する。そしてライバルから順位を守ったままチェッカーが振られた。第10戦まで終えた今シーズンで、唯一、チームのワンツーフィニッシュを記録している。

全ては勝利とチャンピオンシップのため

このようにインディ500は燃費のため、フォーミュラEは電費のために、トップを譲るというF1などの他のレースでは見られない戦略が取られる。全ては勝利とその先にあるチャンピオンシップ獲得のためだ。

例えばフォーミュラEの東京大会で、日産のローランドがトップを走り続けていたら、レース終了までバッテリーがもたずリタイヤした可能性が高い。それに対してトップに返り咲くことはできなかったが、マセラティのギュンターにトップを譲ったことで、2位でフィニッシュし18ポイントを獲得した。

そのおかげで、現時点でのドライバーズランキングは118ポイントで3位につけている。18ポイントが無ければ、4位に落ちてしまう。

ジャガーチームに焦点を当てると、ドライバーズランキングはキャシディが140ポイントで1位、エバンスが97ポイントで5位、チームランキングでは2位のポルシェチームに54ポイント差をつけて、初戦を除きずっと1位をキープしている。

フォーミュラEは中国、アメリカ、イギリスで各2戦ずつの計6戦を残すのみになった。7月21日の第16戦ロンドン大会でチャンピオンが決まる。

インディアナポリスのオーバルコースを走る佐藤琢磨。カーナンバーは75。なお、インディカーマシンにはパワーステアリングもABSもトラクションコントロールもない。

インディ500は、全18戦が行われるインディカーシリーズの第6戦目と序盤での開催だが、最も注目を集める1戦だ。2日間に渡って行われた予選で、佐藤琢磨は10番グリッドを獲得。これはホンダエンジン勢では9番手のフェリックス・ローゼンクビスト(メイヤーシャンクレーシング)に次ぐ順位なので、スポット参戦ながら最高の結果を残したと言える。佐藤琢磨が所属するRLLチームとしてはもちろん最上位だ。練習走行から予選のセッティングに専念した琢磨の走りの成果が現れた。決勝には、3人のチームメイトのデータを分析した最良のセッティングで臨むのであろう。

5月26日の日曜日は、F1モナコGPの決勝が日本時間午後10時にスタートする。そしてその決勝が終わったら、インディ500の決勝が始まるというタイムスケジュールだ。

インディ500には佐藤琢磨が、F1モナコGPには角田裕毅が参戦する。佐藤琢磨のインディ500、3勝目と角田裕毅の上位での入賞を期待しつつ、日本から最大限の応援を届けたい。

VISA Cash App RBの角田裕毅。今シーズンは7戦中4戦でポイントを獲得し、ランキング10位と好調を維持している。

烏山 大輔
高校生の時にゲームソフト「グランツーリスモ」でクルマに目覚め、自動車整備専門学校を卒業後は整備士、板金塗装工、自動車カタログ制作、自動車雑誌カーグラフィック制作、ALPINA総輸入代理店のNICOLEで広報・マーケティングと一貫してクルマに関わる仕事に従事。現在はインテグラ・タイプRとともに所有するハイゼットで配送のため日本全国を東奔西走する。F1、WEC、インディカー、スーパーGT、スーパーフォーミュラを逃さず
テレビ観戦するほどのレース好き。

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