善兵衛と善次郎(5月26日)

 初夏の木漏れ日が温泉街の旧家にあふれる。福島市飯坂町の観光交流施設・旧堀切邸にさまざまな木が茂る。樹齢280年を超えるケヤキの葉は観光客を優しく包む▼80年前の5月下旬、欧州から帰国途上の堀切善兵衛は実家の緑をつとに懐かしんだに違いない。衆院議長を務めた重鎮ながら1940(昭和15)年から4年間、駐イタリア大使、欧州特派大使に就いた。赴任前、当時の近衛文麿首相に米国との開戦を避けるよう忠告した。経済学者でもあった識見から国力の差を見抜いていた▼建言に背を向け、戦争で敗れた国の行方を、どんな心算で見ていたのか。復興の一翼を担ったのは2歳下の弟善次郎だった。東京市長や内閣書記官長などを歴任した手腕を買われ、幣原内閣で内務大臣に。女性に初の選挙権と被選挙権を認める衆院選挙法の改正を1945年12月に実現させた▼善兵衛は翌年、64歳で亡くなった。善次郎は1979年に95歳の天寿を全うした。善兵衛は色あせない信条を言い残している。有権者に選ばれる政治家は利権に近づくべからず―と(県発行「福島百年の先覚者」)。青葉色に染まった邸宅に思いを重ねる。その忠言は一体いつ、実を結ぶのか。<2024.5・26>

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