「ちょっと嬉しい気分もありますけどね」引退発表の堀江翔太、W杯4回出場の38歳がラストマッチを前に明かした胸中とは?【リーグワン決勝】

最後の1週間に突入した。ファンにお馴染みの関西交じりの口調で、のびやかに応じた。

「そうすね、(時期が)来るもんですね」

ラグビー日本代表として昨秋までに4度のワールドカップに出てきた38歳の堀江翔太は、5月21日、熊谷ラグビー場付近の練習施設にいた。東京・国立競技場での国内リーグワン1部決勝を26日に控え、決戦前の調整を始めたところだ。

リーグ戦開幕前の12月上旬、今季限りの引退を発表していた。この火曜午後は、現役最後のゲームに向けた準備期間の初日だった。

この日はドレッドヘアをトップにまとめ、タンクトップ、ハーフパンツといういでたちで、攻防の連携を確認。スクラムに関する打ち合わせとユニットセッションにも取り組み、Tシャツに着替えてテレビのインタビューを受ける。

ペン記者2名の待つミーティングルームへ「すいません」と、待たせたのを詫びるように入ってきたのはそれからのことだった。

堀江を見てきた全ての人にとって特別かもしれぬ時間の只中で、当事者は、飄々としていた。

「次の試合に向けてどう(直近の課題を)修正するかという部分が中心に頭のなかで動いているので、最後の 1 週間や…という感じではないです。僕のラグビー人生が最後だというのは、二の次ですね」

選手生活を終える間際になって、それまでの公式戦の直前期と同じ感覚でいられる。その心模様について聞かれると、「ね」と共感の笑みとともに続ける。

「最後やからもうちょっと、こう…感情的になるのかな、って期待していたんですけど、思い通りにはならないもんですね。意外とすんなりと、落ち着いた気持ちでいられる。それは悪いことではなくて、瞬間、瞬間をやり切った証で、逆に、いいことなのかなと思っています」

身長180センチ、体重104キロ。最前列中央のフッカーという位置でタフにぶつかり合いながら、防御の芯を外すラン、パス、多彩なキック、絶妙なポジショニングで魅了。高い戦術眼を、ワイルドナイツの誇る防御ラインの構築にも活かしてきた。

希代の熟練者は、今回のキーポイントを動きのなかでのコミュニケーションに定める。横浜キヤノンイーグルスとの準決勝を20―17と制するまでの間、防御時の声のかけあいが不足していたようだ。反省を活かす。

「当たる(コンタクトの怖さ)とかじゃなくて、パスをミスったり、キャリーをミスったり、タックルをミスったりという1個のプレーが勝ち負けに関係する恐怖心のなかで、スポーツ選手はやっている。そのなかで、どれだけお互いが喋りながら(声をかけ合いながら)できるかが、多分、大事だと思う」
今度の舞台は5万人超収容の東京・国立競技場。相手は旧トップリーグ時代の2009年度以来の日本一を狙う東芝ブレイブルーパス東京だ。

ワイルドナイツは一昨季まで国内2連覇も、昨季は失意の準優勝。王座奪還を見据える堀江が口をつくのは、「恐怖」という言葉だった。
この人が日本人のフォワードとして初めて国際リーグのスーパーラグビーでプレーできたのは、代表デビューから約3年3か月後の2013年2月のことだ。

15年のワールドカップイングランド大会では日本代表の副将として、南アフリカ代表などから歴史的3勝。ここから大きな期待を背負うようになるなか、19年の日本大会では初の8強入りを達成した。

国内外で「恐怖」を乗り越え、歴史を紡いできた。

「基本、試合が始まる前に『楽しみやわ』って思ったことは、僕はないです。食事、時間を使ってサインを覚えること、それをグラウンド(トレーニング)で出すことを、緊張のなかでやっています。(キックオフの瞬間まで)張りつめて、最後、グラウンドに立つ時は自分がいままでやってきたことをやる。その仕事をやり切った達成感が、楽しいんです。どのスポーツでもそうやと思うんですけどね。そんなに余裕こいてラグビー、できないので」

ふと漏らすのは、「…まぁ、これが最後となると、ちょっと嬉しい気分もありますけどね。辞めたくなるようなプレッシャーが、過去、いっぱいあったので」。リタイア後にはトレーナーとなる伝説的選手が、ラストダンスへの心境を改めて口にした。

「チームが勝つために何をしなければならないか、アタック、ディフェンスで色々とある。(当日までの)1週間を通して、うまいこと(皆の)背中を押すというか、サポートができたら。あまり自分が最後やからというのは思わないようにしたいし、思いたくもないし、いま、全然、思っていない」

得も言われぬ「恐怖」と向き合う職務を、最後までやり切る。

取材・文●向風見也(ラグビーライター)

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