年金月24万円・70代子のいない夫婦、夫が〈すい臓がん〉に。妻「あなたが死んだら私は…」→民間療法を妄信し“2,300万円”つぎ込むも、夫死亡…独りぼっちの老後破産【FPの助言】

(※写真はイメージです/PIXTA)

自分や家族が「がん」と診断されたとき、大きな不安からネットの自分が信じたい情報を鵜呑みにしてしまう人は少なくありません。がんに対する誤った情報を妄信することで、必要以上に財産を失うケースもあり……。本記事では、夫をすい臓がんで亡くした竹田さん(仮名/72歳)の事例とともに、がんの民間療法に関する実情をFP1級・株式会社ライフヴィジョン代表取締役の谷藤淳一氏が解説します。

がんで夫を亡くした72歳妻

東京都台東区在住、おひとり様の年金生活者で72歳の竹田幸子さん(仮名)。3ヵ月前に同い年の夫をすい臓がんで亡くして悲しみに暮れていましたが、ようやく落ち着きを取り戻し始めたここ最近。夫がいなくなり約7割に減額となった年金収入と、この1年で大幅に少なくなった預金残高を、いま預金通帳を見ながら実感しています。

そして夫のがんを消すためとはいえインターネット情報をうのみにし、盲目的にあらゆるものに手を出してしまったことを後悔しているのです。

夫婦水入らずの老後を楽しんでいたが…

竹田さんと同い年の夫は65歳で長年勤めた会社を定年退職、退職時に退職金を含め銀行預金残高が3,500万円。65歳からの竹田さん夫妻の年金収入は月当たり約24万円でした。

竹田さん夫妻には子供はおらず、65歳から夫婦2人きりでの悠々自適のセカンドライフが始まりました。日ごろは特に贅沢をせずに過ごしながらも、年に数回は夫婦の趣味である旅行を多少費用をかけて楽しみながら過ごしてきました。

腹痛が続く夫を病院へ…診断結果はまさかの「すい臓がん」

しかし1年半前に、夫の腹痛の症状が続いたため受診し検査をしたところ、すい臓がんが発覚。すでに複数の転移も確認され、主治医からは手術はできない状態であることを伝えられ、抗がん剤治療を行っていくことになりました。

3週間に1回通院し治療を受けていましたが、3回目の治療の後あとの副作用がとてもひどく主治医と相談のうえ治療を中止することに。

夫のがんが発覚して以降、インターネットですい臓がん治療について情報収集をしていた竹田さんですが、以前から気になっていたがん自由診療のひとつ『免疫療法』への期待について主治医に尋ねたところ「科学的根拠に乏しい」と勧めてもらえませんでした。結局夫は経過観察で過ごすことになりました。

ただがんのなかでも生存率が低いすい臓がんを患っているにもかかわらず、なにもしないで過ごしていくということに大きな恐怖を感じた竹田さん。「あなたが死んでしまったら私は……」と不安で不安で涙が止まりません。

ある日、本屋の医療コーナーを何気なく見たところ「がんが消える食事」というタイトルが目を引きました。「これなら体にいいし、自分でできる」と竹田さんは似たような本を数冊買い、自分でできることを試していくことにしました。

あらゆる民間療法にすがるも…あとから気づいた2つの誤算

さっそく買ってきた本を読んでみると「がんは糖分で育つから糖質カットでがんをやっつける」といった記述がありました。根拠として書かれている理論的な説明に竹田さんも「なるほど」と納得。野菜などの食材は無農薬のもの、調理料も無添加のものを選び、お金をかけて食事にこだわっていきました。

ほかにもなにかないかとインターネットで情報収集していくと、サプリメント、健康食品などがんに効くとされるものがたくさんあることを知り、よさそうなものはネット通販で定期購入の契約。いつしか竹田さんはインターネットで「がんに効く」ものを検索することが日課になっていました。

そんなある日インターネットで情報収集していると『がんが消える水』というキャッチコピーを発見、中を覗いてみると無料のセミナーがあるということで参加していみることに。セミナーではがんを消す特殊な成分が入った水についての説明がありました。末期がんも治る可能性があるという話を聞いた竹田さんは、1本1万円の水の定期利用を決めました。

そんな具合で夫のがんを治すためにと、お金を惜しまずあらゆる手段を取り入れていた竹田さんですが、特に予算管理をせずに出費を続けていたため、いつしか預金残高は2,000万円を切ってしまいました。それを知った夫からは「いろいろやってくれるのはありがたいけれど、お金もかかるしあまり無理しないでほしい……」といった言葉も。

ただ生存率が低いすい臓がんで夫を失うことに極度の不安を感じていた竹田さん、その後もなにかセミナーなどイベントがあれば参加し、よいと思ったものは入手。

また、もの以外にヨガ、鍼灸、アロマテラピー、漢方なども試すとともに、趣味の旅行も兼ねて、全国のがんに効くとされる温泉場へ長期の湯治にいくなど、がんが消える可能性があると思うものに出費を続けていきました。

がん悪化…主治医からは余命宣告

そういった生活が1年近く経過したある日、夫が突然体調不良となり、かかっていた病院を受診、そのまま緊急入院となりました。数日療養し様態は落ち着いてきましたが、竹田さんは主治医に呼び出され「もう治療のしようがない状態」であることを告げられ、退院し在宅医療へ移行することに。

在宅医療に移行後もできるものにはお金をかけてなんとか夫のがんが消えることに賭けた竹田さんでしたが、その甲斐なくそれから数ヵ月後に夫はかえらぬ人となりました。

預金残高は3,500万円→700万円に

夫が亡くなってから3ヵ月が経過、様々な手続きも終え、ようやく最近落ち着きを取り戻し始めてきた竹田さん。子供がいないため、これからの老後をひとりで過ごしていかなければならないなか、なにか生きがいを探していかなければなどと考え始めていましたが、ふとしたときに銀行預金通帳を見て驚きます。

夫の年金生活が始まったときにあった3,500万円の預金残高はいま700万ほどに。なんと5分の1にまで少なくなってしまっています。夫のすい臓がんが発覚する時点ではまだ3,000万円以上残っていたはずなので、この1年半ほどで大幅に減ったという計算に。

もちろんこの1年間通帳を見たことがなかったわけではありません。竹田さんはこの1年半ほど、とにかく夫のがんが消えてもらいたいという思いから、お金を気にせず出費し続けたことを思い出し、今おかれた状況にとまどいを感じています。

そして「もし私が病気になったり介護になったりしてしまったら施設に入るしかないけれど、このお金で大丈夫かしら……」と、自分自身のこれからに不安を感じたのでした。

科学的根拠のない「民間療法」に傾倒するリスク

日本ではがん患者の多くが病院での標準的な治療に加え、民間療法を利用しているといわれています。2011年厚生労働省の調査結果では、がん患者の約45%が利用しているということで、そのなかで最も多いものがサプリメントとなっています。

『民間療法』とは国立がん研究センターによると、

がんの治療法を選択するときや治療を受けているときに、手術や薬物療法、放射線治療といった標準治療のほかに、健康食品やサプリメントなどの、いわゆる「民間療法」に関心を持つ人は少なくありません。「民間療法」の定義は明確ではありませんが、「補完代替療法

」や「統合医療

」の一部として扱われることがあります。

と発信されています。具体的な例としては、

■瞑想、ヨガ、バイオフィードバック、催眠療法、リラクセーション、音楽療法、アロマセラピーなど
■ビタミン、ハーブ、サプリメント、健康食品など
■鍼や灸、マッサージ、カイロプラクティックなど
■レイキ、セラピューテック・タッチなど
■アーユルベーダ、伝統的中国医学、ホメオパシー、自然療法薬など

といったものがあげられています。そして重要なこととして、

民間療法は、がんそのものへの効果は証明されていません。つまり、民間療法によって、がんが消えたり、小さくなったりすることはありません。民間療法にはさまざまなものがありますが、がんの治療に最も効果があると証明されている「標準治療」のかわりになるものはありません。そのため、標準治療のかわりに、民間療法のみを受けることは、非常に危険です。

ということが合わせて発信されています。また、

がん治療中の民間療法によって、治療の効果が弱くなることや、予期せぬ副作用が出ることもあります。特に、健康食品やサプリメントを摂ること、食事療法によって、がんの治療ができなくなることがあります。

ということで、民間療法によるマイナス効果についても注意喚起されています。

費用は青天井、破産リスクも

2011年厚生労働省の調査結果では、民間療法を利用するがん患者の出費額は、月に平均5万7,000円となっていて、決して小さい額ではないといえるかもしれません。

民間療法といわれているもののほとんどは医療行為ではないため、健康保険の対象にはなりません。そのため費用は業者の言い値ということになり、想像以上の高額な費用が請求されてトラブルにつながっている事例もあります。

今回の事例の竹田さんも夫のがんが消えてほしいというただ一点の願いから、希望をいだかせるものを見つけてはそれに手を出し、気がついた時に預金残高が5分の1に減ってしまっていました。

夫のためとはいえ預金の大半をわずか1年半ほどで使ってしまいましたが、竹田さんの老後の生活はこれからまだ長く続いていくことが考えられます。夫を失う怖さがあったとはいえ、やはり竹田さんがとった選択は、経済的な観点からは適切であったとはいえないかもしれません。

まずは適切な場所で相談し正しい情報を

インターネット上には膨大な量の情報があふれていますが、それらの信頼性は玉石混交です。ただそのなかで「健康」に関しては、不確かな情報を信じてしまう特別な理由があるといわれています。

それは、人は不安や恐怖心を埋めるために間違った情報を信じてしまうことがあるということです。

今回の事例でも夫が生存率の低いすい臓がんを発症し、竹田さんは大きなショックを受けました。そんなときに、インターネットで『がんに効く』などと自分に都合のいいような情報があり、それを心のよりどころにしてしまったのですが、これは誰にでも起こりえます。

やはりがんという一般人では適切な情報を持ち合わせていないケースにおいて、何かを判断しようとする場合には一度立ち止まって相談することが冷静な判断につながるのではないでしょうか。

がんに関していえば、まず主治医の存在があります。主治医は患者さんのがんの状態を最もよく知る医療の専門家です。健康にかかわる重要な問題のため主治医への相談を第一に考えるべきです。

そしてもしなんらかの事情で主治医への相談がしづらい場合、がん治療を行う主だった病院には『がん相談支援センター』が設置されています。ここでは治療のことを始め、メンタル面、お金のことなどあらゆる相談をすることが可能です。

こういった場所で一度立ち止まって相談することで、事前に民間療法に関する注意点などの情報は得ることが可能です。

がんは情報戦…正しい知識武装の重要性

がんは情報戦ともいわれ、正しい情報を持っているかどうかでその後の判断に大きな影響が出るといわれています。ただ一方で、がんはメンタル的ダメージも小さくないため、「まず正しい情報をとろう」という冷静な思考になれない可能性もあるため、事前に一定の知識を持っておくことが必要であるかもしれません。

多くの人ががんに備えたいとがん保険に加入すると思いますが、がん保険加入時に保険のことだけでなく、こういった実際がんになってしまったときの対応に関する情報を合わせて得ることで、がんによる老後破産リスクに備えることができるかと思います。

谷藤 淳一

株式会社ライフヴィジョン

代表取締役

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