【テニスギア講座】ラケットのグリップ、その奥深き世界――わざわざ天然レザーに巻き替える人がいるのはなぜ?<SMASH>

今回のテーマはテニスラケットの「天然レザーグリップ」です。販売時に巻かれているシンセティックグリップを、天然皮革製のグリップに巻き替える人が結構いるのですが、その理由はなぜでしょう? まずはグリップの由来から振り返ってみましょう。

19世紀に発展した現代テニスのラケットは「木製」でした。グリップもフレームの木が剥き出しの状態で、縦に細かい溝を入れて「滑り止め」にしていたのです。

グリップに滑り止めとして皮革が巻かれ始めたのは、昭和になってからのことで、フレームがウッド→メタル→グラスファイバー→カーボンと移り変わっても、天然レザーグリップは変わりません。硬くツルツルになったレザー表面は、滑りやすく、手も痛くなるため、昔のプレーヤーはよくレザーの巻き替えを行なったものです。

それに変化が表れたのは、グリップテープ(オーバーグリップ)を巻く人が多くなった頃のこと。1980年代中頃に「ドライタイプのグリップテープ」を巻くプロが増え始めたことで、世界的に流行しました。手のひらの汗を吸って徐々に硬くなり、滑りやすくなる天然レザーグリップにとって、グリップテープは救いの神だったのです。

90年代になり、さらに変化が起こります。天然レザーグリップの代わりに、初期設定としてシンセティックグリップが巻かれるようになったのです。ところが「グリップテープを巻かなくても大丈夫」と取り入れられた、ソフトタッチで滑りにくいシンセティックグリップなのに、その上にグリップテープを巻く習慣が残ってしまい、現在の状況となりました。
カチッとした握り心地の天然レザーグリップに対して、シンセティックグリップはクッション感が強く、当初はかなりの違和感がありましたが、やがてほとんどのラケットがシンセティック仕様になります。

理由の1つは、ラケットフレームのカーボンが硬くなって打球衝撃が大きくなり、それを緩和するためにシンセティックのクッショングリップが重宝されたこと。もう1つは、天然レザーの高価さに対して、人工素材で製造できるシンセティックは低コストだったからです。

しかし、天然レザーの握り感を愛するプレーヤーも残っていて、特にスキルの高い上級プレーヤーには、クッション感があってもグリップの角が出にくいシンセティックグリップより、天然レザーグリップの方が「フェイスの向きを正確に把握しやすい」と言う人が多くいます。

特にボレーなどでは、フェイスの向きがわずか1度狂うだけで、ボールが飛び出す方向や距離に大きな影響が出ます。フェイス角度を正確に把握して、微妙な調整ができるかどうかは、繊細なハイスキルのプレーヤーにとって重要な問題なのです。

だから現在でも、ツアー系のヘビースペックモデルには天然レザーグリップが標準装備されているケースが多いですね。「今はみんなグリップテープを巻くから、下のレザーをじかに握るわけじゃないし、どれでもいいじゃん」という人もいるでしょうが、結構こだわる人が多いのも事実なのです。
ひと口に「天然」といっても、それぞれに個性があり、皮革自体の差や、部位、厚さなど、かなり違いがあります。しっとり感が強いもの、硬めでカチッとした感じのものなど、様々あって「どれでも同じ」ではないことを知っておきましょう。

また、天然レザーグリップがシンセティックグリップと違うことの1つは「重さ」です。シンセティックは人工製品なので、素材もほぼ均一に仕上げることができますが、天然レザーは仕上がりにかなりの差があります。

人気の『PK WEST』のレザーは、だいたい26グラム平均で±5グラムの幅があります。この誤差幅が大切で、重いか軽いかによって、ラケットのバランスが大きく変わってしまうこともあります。ショップによって「重量バリエーションを揃えたい」「ほぼ同じ重さの個体を入荷したい」と、考え方は各社各様だそうです。
テニス専門店を覗くと、ものすごい数のグリップテープが並ぶ端に天然レザーグリップが数種並んでいます。初めて天然レザーを選ぶ時は、ショップのスタッフに尋ねて、自分が求めているのはどれかをよく確認しましょう。グリップテープのように安価ではなく、簡単に巻き替えられないため、慎重すぎるくらいでいいと思います。

さて、巻き替え作業は、レザーを買って帰り、自分でやってみるのも一興ですが、素人には結構ハードルが高いですよ。特にグリップエンドからの「巻き始め」は、プロでも熟練していないと失敗してしまう難しさがあり、初めてでうまくいくとは考えにくいです。

失敗して何度も巻き直していると、最後は手に負えない状態になってしまうので、作業工賃はかかるものの、プロに依頼することを勧めます。

文●松尾高司(KAI project)
※『スマッシュ』2022年10月号より抜粋・再編集

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