ヤン ナリ、ましろ爻、壱百満天原サロメ、卯月コウ……にじさんじ「FOCUS ON」はライバーの核を表す名曲だらけ

ANYCOLOR株式会社が運営するVTuber事務所 にじさんじによるソロシングルCDプロジェクト「FOCUS ON – NIJISANJI SINGLE COLLECTION -」(以下、「FOCUS ON」)は、多様な活動をするライバーの音楽面にフォーカスを当て、ライバー個人のオリジナル楽曲が収録された両A面シングルをリリースしていく企画である。2022年10月よりスタートし、現在(2024年5月26日)までに全28名のライバーが参加している。

今年4月、SHIBUYA TSUTAYAのリニューアルに伴い6階にオープンした、コミック・アニメ・VTuberなどのIP エンタメコンテンツを集結させた「IP 書店」には、歴代の「FOCUS ON」のジャケットにライバーのサインやメッセージが書かれたパネルがずらりと展示され、ジャケットビジュアルを使用したグッズも展開されるなど、今改めて多くの人の目に触れつつある。

VTuberと歌はもともと密接な関係にあり、オリジナルのリリックビデオと共に名曲をカバーする「歌ってみた」動画や、生歌を披露する「歌枠」の配信は、多くのライバーが活動の一部として展開しているコンテンツの一つであり、オリジナル楽曲のリリースやリアルライブを開催しているライバーも少なくない。2024年のにじさんじ内だけでも、ChroNoiRとROF-MAOが大阪城ホールでの初ワンマンライブを成功させ、NornisやVΔLZ、緑仙が初のライブツアーを開催。年末には、武蔵野の森 総合スポーツプラザ・メインアリーナで不破湊が初のソロライブを行うことが発表されている。

こうした大規模なライブも続々と展開される一方、「FOCUS ON」では、楽曲リリースなどの大々的な音楽活動を行っていないライバーにも、次々とスポットが当てられていく。そして、ライバー自身のキャラクター性や配信や動画で作ってきた世界観、視聴者へ伝えてきたメッセージを、音楽を使ってさまざまな角度から照らし出す。

■ヤン ナリ「やんわり成長ちゅ!」

2023年8月にリリースされた「やんわり成長ちゅ!」は、小動物のような可愛さと努力家な一面を併せ持つヤン ナリを真正面から描いている。2020年にNIJISANJI KR(ANYCOLOR株式会社が2022年まで展開していた韓国でのVTuber事業)よりデビューしたナリは、ピンク色の子猫のようなビジュアルと高めの声が特徴的で、他のライバーからも可愛がられるマスコットキャラ的存在。デビュー当時は韓国語での配信がメインだったが、視聴者と日本語を学ぶ勉強配信などを重ね、現在は日本語のみで長時間配信ができるまでに成長を遂げている。また、にじさんじ所属ライバー総勢200名近くを約30時間かけて描く配信を行うなど、根性のある一面も見せてきた。そんなナリは本楽曲においても、お菓子のような甘い声でリズミカルなラップをかましながら、〈毎日勉強して強くなるの〉〈倒れても全然 平気なんだ〉〈絶対に諦めはしない〉と折れない強い意思を健気に示す。また、歌詞の中にはお決まりの挨拶〈おいほーい!〉や、ファンネームである〈オトナリ〉、配信でも多用する〈マジ感謝!〉など、ナリを象徴するワードも散りばめられていて、まさに王道のキャラクターソングのような仕上がりになっている。

■ましろ爻「ハズレジンセイ」

にじさんじの中でも特異な世界観を確立している、ましろ爻の危険な雰囲気を音楽で表現したのが、2023年10月にリリースされた「ハズレジンセイ」。オカルトやホラー系コンテンツを得意とするましろは、ホラーゲーム配信をはじめ、視聴者投稿の怖い話の朗読、心霊写真紹介、心霊スポット潜入、ひとりかくれんぼ配信などの攻めた企画を展開し、視聴者の好奇心を掻き立てながら知らない世界へと誘うライバーである。そんなましろにフォーカスをあてた「ハズレジンセイ」は、中毒性の高い複雑なメロディに乗って〈沈みかけの幽霊船〉〈窓に映る顔は骸の群れ〉〈御呪いの教唆〉と不穏なワードが怒涛の勢いで流れてくる、まさに奇妙な魅力漂う楽曲。2分33秒と短めながらも、曲の中にましろの醸し出す異様さが濃縮されていて、怖いのにもう一度聴きたくなる。足を踏み入れたら何か起こりそうだけど近づきたくなる。そんな求心力は、まさにましろが纏う危険な魅力そのものである。また、散々聴く者の心を乱しておきながらあっけないほどあっさりしている終わり方も、ふとした瞬間に消えてしまいそうなましろの儚さと重なる。

■壱百満天原サロメ「オシャレギ」

2023年7月にリリースされた「オシャレギ」は、壱百満天原サロメがセルフラブを歌うことで優しいメッセージ性を放つ楽曲。サロメは、「ですわ」を語尾につけた高いトーンのお嬢様口調がトレードマークのライバーだが、実際はお嬢様を目指す一般女性。胃カメラの内視鏡画像の公開などで注目を浴びた初配信では、同時に学校になじめず引きこもりや大学中退を経験し、「自分がこの世界にいるのは間違っている気がしていた」ことを明かしつつも、配られたカードで勝負するしかないと腹をくくり、VTuberとして“百満点のお嬢様“を目指すに至ったと、ライバーとしての核となる思いを語っていた。「オシャレギ」は、そんな葛藤を抱えながらも、なりたい自分の姿を掲げて活動するサロメが歌うからこそ響く曲。〈誰が何を言ってもあたしはあたし〉〈胸張ったあたしに 愛しいloveな自分になれるわ〉〈自分次第 かわいい未来〉と全力で自分を肯定する歌詞からは、自分の心をケアして心地よく生きようとするサロメの姿が浮かび上がり、同時に、同じような生きづらさを感じている人たちへ向けた応援歌のようにも感じられる。

■卯月コウ「何者」

最後に触れたいのは、2023年9月にリリースされた「何者」。本楽曲は、直接的に何かを描いているというよりは、卯月コウを主人公にした物語を想起させるような深みを持っている。男子中学生のコウは、まるで友達のような雰囲気で視聴者と深く語り合うライバーで、何気ない日常の話からゲームの話、コアな性癖の話、そして自分のアイデンティティに関する話など、様々な話題を繰り広げる。自分の考えを細かく的確に表すのが得意な彼の言葉は、時に青春時代の苦い記憶を呼び起こし、時にナイーブな感情を無遠慮に刺激する。配信を見終わった後は何かが胸に残る感覚を味わうことも少なくない。そんなコウの「何者」は、「アイドルマスター」シリーズや「あんさんぶるスターズ!」などの楽曲制作者でもある本多友紀(Arte Refact)が手掛けた、まさにアニメのテーマ曲のような疾走感溢れる楽曲。何者でもない自分の存在を受け止めて前へ進もうとする姿を詩的に描いた歌詞は、聴く者の心を切なく揺さぶりながらも勇気を与えてくれる。聴いた後に、コウの言葉と同じく胸に残る余韻は、真夜中に意味もなく走り出したくなるような青臭い衝動を掻き立てる。

ライバーのストーリーは長時間の配信などを通して日々更新されていくものだし、他のライバーと接することで新たな一面を発見することも多い。「FOCUS ON」は、常に変化していくライバーの輪郭の一部を音楽で切り取り、作品として残していくプロジェクトだ。約200名ものライバーから、次にフォーカスされるのは誰なのか。そして、どんな角度からその魅力を照らしていくのだろうか。

(文=南 明歩)

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