『アンチヒーロー』弾劾裁判で明墨が追及したこと 神野三鈴が転落する裁判官を熱演

『アンチヒーロー』(TBS系)第7話では、重い過去の扉を開いた(以下、ネタバレを含むためご注意ください)。

明墨(長谷川博己)のターゲットが高裁判事の瀬古(神野三鈴)であることが明らかになった前話。有罪になった沢原(珠城りょう)の情報漏洩事件は、民英党の国会議員・加崎(相島一之)のスクープを報じたことが原因だった。控訴審の裁判長は、12年前の糸井一家殺人事件を担当した瀬古で、瀬古は懇意にしている加崎を擁護することで、将来の最高裁判事の座を確実にしようとしていた。

瀬古の過失を明らかにするために明墨が採った方法は弾劾裁判だった。弾劾裁判は裁判官を罷免するための裁判であり、憲法で規定されている。国会議員で構成される訴追委員会が裁判官を訴追し、同じく衆参両院の国会議員から成る弾劾委員会で、罷免の可否を審理する。弾劾裁判の事例は多くないが、つい先日、刑事事件の被害者遺族についてSNSで不適切な投稿を繰り返したという理由で高裁判事が罷免されたこともあり、タイムリーな話題だった。

弾劾裁判に至る過程は外堀を一つずつ埋めるプロセスで、多少あくどさを感じさせる、よく言えば狡猾な、明墨らしい手法だった。失脚した富田(山崎銀之丞)を焚きつけ、瀬古が政治家に便宜を図っていることの言質を引き出した。勾留中の富田の秘書・小杉(渡辺邦斗)に接触し、瀬古とつながっている検事正の伊達原(野村萬斎)に部下の菊池(山下幸輝)を通じて把握させた。小杉が加崎側に寝返ると想定した上で、富田を抱き込み、沢原の協力を得て、インターネットの動画サイトで、富田に瀬古が賄賂を受け取って不正をもみ消したことを証言させた。

明墨の深謀遠慮に舌を巻く。敵の敵は味方である。権力者の弱みに付け込み、窮地に立たされた人間の心理を巧妙に突く作戦が奏功し、狙い通り明墨は瀬古の弾劾裁判にこぎつける。訴追請求者は富田だった。

第7話は追い込まれる瀬古の変化をとらえていた。伊達原とバーで談笑する瀬古は、この後起きることを想像していない。加崎のパーティーで明墨に不快感を示し、乱入した富田に対して冷静さを保とうとする。加崎に下手に出る瀬古は、小杉の動きを察知した段階ではまだ余裕がある。「裁判官は罪を裁くことはあっても、罪を犯すことはない」と明墨に告げた瀬古は、自身が弾劾裁判にかけられると知って表情を失う。伊達原に泣きつく瀬古は藁にもすがる思いだったろう。無人の傍聴席にたたずむ姿は全てを失った人間のそれだった。場面に応じて、内面の変化を繊細かつダイナミックに表現する神野三鈴の演技が出色だった。

明墨は何度も瀬古にチャンスを与えていた。裁判官の良心に訴え、罪を認めてやり直すように暗に伝えた。弾劾裁判で罷免されると法曹資格を失い、法律家として生きることはできない。しかし、瀬古はすでに引き返せないところにいた。議員や閣僚、裁判官に「この国では圧倒的に女性が少ない」と語る。“ガラスの天井”を破るために「私が上に立って成果を上げるしかない」という瀬古の覚悟は切実である。けれども瀬古は方法を誤った。力を求めるうちに力に麻痺し、いつしか冤罪さえ生んでいた。

『99.9-刑事専門弁護士-』(TBS系)への言及があるなど、2024年現在、この国のリーガルドラマが見すえるテーマを本作も共有していて、そのことは、伊達原から瀬古への「はて?」や、道を踏み外した瀬古の人物像からも明らかだ。明墨の「やられる前にやるんです」という『半沢直樹』(TBS系)を想起させる台詞や「不適切にもほどがある」と憤る瀬古のシーンもあり、遊び心とともに過去作との連続性が感じられる。

瀬古が陥落したことで事態は急展開する。沢原は控訴審で無罪になり、松永(細田善彦)は再審が開始されて判決が覆った。赤峰(北村匠海)は松永との約束を果たした。そして、ついに12年前の一家殺人事件に光が当たる。刑務所にいる志水(緒形直人)に明墨がかけた言葉は、これまでと違いストレートに呼びかけるものだった。紗耶(近藤華)の近況を伝え、「あなたを必ず無罪にしますから」と力強く宣言する明墨に勝つ公算はあるのか。緋山(岩田剛典)と12年前の事件との関係や、緋山が探す江越の行方も気になるところだ。新事実とともに真実が明らかになることを期待したい。

(文=石河コウヘイ)

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