『光る君へ』で描かれた『枕草子』誕生の瞬間に涙 “書く”ことによって救われた2つの心

『光る君へ』(NHK総合)第21回「旅立ち」。定子(高畑充希)が髪をおろしたことは内裏に広まり、一条天皇(塩野瑛久)はショックを受ける。定子の兄・伊周(三浦翔平)は任地に赴くことを拒み逃亡を図るも、実資(秋山竜次)らに見つかり、大宰府へと流された。家族がバラバラになり、定子は心を痛める。そんな定子を守ることができず落胆するききょう(ファーストサマーウイカ)に、まひろ(吉高由里子)は中宮のために何かを書いてはどうかとアドバイスする。

定子を演じる高畑は繊細な演技で定子の複雑な胸中を表す。一条天皇に入内することが決まったばかりの頃の定子はまだ若く、兄・伊周に悪戯めいた表情を見せ、声も弾んでいた。一条天皇とは相思相愛の間柄となり、2人の仲睦まじさは見ていて微笑ましかった。しかし一家の繁栄を願う父・道隆(井浦新)の思いが徐々に重圧となり、かつての無邪気さが失われていく。

第18回で伊周が関白になれなかった憤りを定子にぶつけた時、初登場時に比べると、中宮としての務めを果たす定子の面持ちは感情を押し殺しているように見える。定子は、父が「皇子を産め」と狂気をはらんだ表情で迫った時も、兄・伊周が現状への不満を大人げなくぶつけたり、家族の前で這いつくばって泣き喚いたりした時も、表情を崩さまいとする。それは彼女の「中宮」としての意地なのかもしれない。だが、高畑は「中宮」としての定子を演じながらも、堪えるように唇を噛み締めたり、耐えられないように瞼を閉じたりすることで、彼女が誰よりも一家没落の憂き目にひどく心を痛めていることを表している。

公式サイトで公開されているキャストインタビュー動画「君かたり」で、高畑は出家した定子について、限りなく死に近い「出家」にまで追い詰められてしまったことに「むなしさを感じましたね」とコメント。また家族がバラバラになったことで「つかめるものが全部取り払われちゃったような、奪われたような感じですね」とも語った。燃え盛る二条邸での定子の佇まいは高畑が語った通りのものだった。穏やかに微笑みをたたえていたが、それは諦めに近い感情だ。「生きていてもむなしいだけだ」という響きがあまりにも切ない。

もう死んでもいいと思うほどに追い詰められた定子の心を救い出したのはききょうだった。ききょうはまっすぐな目で定子を見つめ、「お腹の御子のため、中宮様は生きねばなりませぬ」と涙を流しながら訴えかける。定子に心からの忠誠を尽くすききょうは、定子に対してはどんな時でもまっすぐ向き合う。誰よりも自分のことを気にかけるききょうから「生きねばなりませぬ」と言われ、定子の目に涙が浮かんだ。「つまらぬ中宮」と言われてしまうほどに感情を押し殺し続け、心をすり減らしていた定子が、ほんの少しだけ素直に気持ちをあらわにした瞬間だった。

ききょうを演じるファーストサマーウイカの演技も胸を打つ。ファーストサマーウイカはききょうにとって定子は「推し」であると語っている。まひろとの場面で、定子との思い出話を語る時はなんとも嬉しそうな顔をし、定子の近況を打ち明けた時は心の底から心配していることが伝わってくる。ききょうの「推し」への思いは、たとえ嫌がらせを受けようとも一切ブレない。何があっても定子を慕い続けるのがききょうの魅力だ。そんなききょうは、気兼ねなく話せる相手であるまひろからのアドバイスを受け、たった1人の悲しき中宮のために『枕草子』を書き始める。書き上げたものを定子の枕元に運ぶききょうの佇まいは控えめだが、その凛とした瞳には生きる気力を失った定子が少しずつ元気になっていきますようにと願うききょうの強い思いが感じられる。

ききょうの思いは定子に届いた。はじめはききょうの行動に気づきながらも、憂いに満ちた面持ちで瞼をそっと閉じていたが、次の場面でききょうの気配を感じ取る定子の顔つきは、どことなくききょうの書き上げたものを楽しみに待っているように見えた。「秋は夕暮れ」を感じ入るように読む定子の横顔はまだどこか悄然としているが、少しずつ生きる気力を取り戻していることがわかる。

『枕草子』を読む定子の姿を目の当たりにしたききょうの感極まる背中には、ききょうの喜びがありありと感じられた。たった1人のために書き始められた『枕草子』についての一連の場面は、観ていて思わず涙がこみ上げる。高畑はインタビューにて「唯一見えた一筋の助ける手というか、光がききょうだったのかなと思って」と述べた。一心に定子と向き合い続けるききょうの存在が、定子の光となった。高畑が、姫と従者という関係から「人対人みたいなところになっていってるのかなと思いました」と語ったように、2人のつながりがぐっと深まる回となった。

(文=片山香帆)

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