「観光都市(?)奈良のこれからを考える」 ⑫~不易流行~

奈良のこれからを考えると銘打った私の文章も、いよいよ最終回を迎えることになりました。一年にわたりお付合いいただいた皆様に深く感謝申しあげます。個人的な思いを綴らせていただきましたが、その是非は別として、最後までお読みいただき、ありがとうございました。

では早速、本題に入らせていただきます。

今を生きる人々が受け入れやすいモノ・コト

前回の最後にお話しした「歴史に感銘を受けつつ、現代人に受け入れられやすい環境を整えることがポイント」というところからまとめていきます。私的には「不易流行」という四字熟語が当てはまるのかな?と思っています。そもそも「不易流行」とは、俳聖松尾芭蕉が「奥の細道」を旅していた時に体得したと言われます。それは、「不易を知らざれば基立ちがたく、流行を知らざれば風新たならず」というものです。

日本一長い営業区間の路線バス

「不易」とは、いくら世の中が変わっても変わらないもの、変えてはいけないもの。

「流行」とは、世の中の変化とともに変わっていくもの、という意味です。

「変わらないものを基本にしつつ、状況に応じて柔軟に変わっていくべき」「伝統を踏まえながら新しいものを取入れていくこと」というような内容で使われます。もっと簡単な表現にすると、「伝統と革新」といったところでしょうか。

昔からあったモノ・コトをどう活かしていくか

富雄丸山古墳・蛇行剣

「お伊勢参り」を例にすれば、伊勢神宮にお参りに行くということは今も変わりません。その方法は、昔は日数をかけて徒歩で参っていました。しかし、現代では自動車や鉄道、航空機といった交通機関を利用するようになりました。その結果、時間短縮が図れ、行きやすくなったといったことと同じではないかと勝手に理解しています。

以前から有名な社寺仏閣や仏像、古墳その他歴史にまつわるさまざまなものにかかわるだけでなく、新しくラインナップに加わる、あるいは加わるかもしれないものについて、どう発信していくのかが重要だと思います。

世界遺産の登録を見ても、ただの一か所も登録の無い県がある一方で、奈良県は既に三か所、恐らく近い将来一か所増えて、日本で唯一、四か所になろうとしています。

登録までは比較的盛り上がるのに、登録されてからはそれほどでもないのはなぜか?「世界遺産」という名誉が欲しいだけなのでは?と思ってしまいます。「世界遺産」に登録される遥か昔からそこに在ったものを活かし切れていないのに、「世界遺産」と銘打つことで活かすことができるのか?

まさしく、観光分野における奈良の現状を物語っているのではないでしょうか?

新たな「世界遺産」候補、藤原京を遠望する## 奈良のこれからを考える

また、著名観光地では、「外国人観光客によるオーバーツーリズムが地元住民の普段の生活に悪影響を与えている」というような話も伝わってきます。奈良県も広範囲に観光資源が散らばっていますから、本格的な観光地になった場合、同様の問題が起きることは間違いないでしょう。(既に奈良公園周辺ではバスに乗れない、ゴミが散乱するなどの問題が発生しています)

日本を代表する桜の名所「吉野山」

官民一体となって動くことになったとしても、解決への道のりは遠いと思います。しかしながら、過去11回の寄稿の中でも触れてきたように、令和の時代に新たな発見・発掘があり、それが大きく報道され、興味を引くことには、浪漫があると思いませんか?

最後に、奈良県全体が発展途上の観光名所であることを自覚しつつ、観光目的の来県客の増加を手放しで喜ぶのではなく、老若男女問わず、関係各所が同じ方向を向き、さまざまな課題や問題を解決・改善するための施策を講じていくことではないでしょうか。そして、進化した観光地(今風に表現すると「シン観光地・奈良」と表現する方が若者受けするのかもしれません)になってくれることを祈念しつつ、私の寄稿を締めくくりたいと思います。

(これまでの寄稿は、こちらから)

寄稿者 志茂敦史(しも・あつし) 奈良交通㈱ 東京支社長

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