故スティーブ・ジョブズもピクサー本社に実践 オフィスの工夫の効果とは?

水族館にいるかのよう…(C)JBS

2022年8月2日、創業32年目にして株式上場したIT企業がある。企業向けのクラウドシステムサービス会社「日本ビジネスシステムズ(通称JBS)」だ。虎ノ門ヒルズに本社を構え、売上高1128億円(2023年9月期)、社員数2500人の大企業ながら、BtoBのため、知名度は低い。

しかし、同社の牧田幸弘社長が役員の反対を押し切ってつくった名物社員食堂「ルーシーズ・カフェ&ダイニング(通称ルーシーズ)」は、同業他社や大手企業の関係者が視察に来るほどの注目を集めている。牧田社長は食堂に限らず、オフィスにもこだわりをみせる。同社の人的資本経営をまとめた新刊「なぜ最先端のクラウド企業は、日本一の社員食堂をつくったのか?」(発売:講談社)から紹介します。(以下、本文を一部再編集しています)

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2014年8月、虎ノ門ヒルズに引っ越してきたJBS。実はJBSは、創業以来、何度かオフィスを移り変わっています。まるで、わらしべ長者や出世魚のように、より大きな、より便利なオフィスに引っ越してきました。

まずは1990年、創業の地に選んだのは港区芝の小さな雑居ビルの一室でした。牧田氏の母校・慶應義塾大の近く、慶応仲通りから少し横道に入った「三田奥山ビル」です。知り合いの会社の間借りで、机一つ、椅子一つからスタートしました。

その後、順調に業績を伸ばし、1994年には芝公園近くの「芝パークビル」に移転しました。この時の引っ越し資金は銀行からの融資でまかないました。

しかし、すぐに手狭になり、翌1995年には品川区勝島の「東神ビル」に移転。この翌年、初めての新卒採用を行っています。最初は1フロアだけでしたが、人が急激に増えたことで2年後には1フロアを追加しています。

2000年には、再び港区の芝に戻ってきます。「芝公園ファーストビル」は東京タワーを見上げる都心の一等地にあり、オフィスの床面積約400坪と、直前の「東神ビル」より3割ほどアップ。家は3割どころではなく、なんと3倍。これは、当時のJBS の規模からしたら結構な背伸びでした。社員食堂に限らず、職場への投資は惜しみません。

「『虎ノ門ヒルズ』ができる2年ほど前に、たまたま森ビルさんから『いま虎ノ門にビルを建てている』という話を聞きました。その頃わが社は、上海のオフィスを森ビルさんから借りていたので、お付き合いがあったのです。早速工事現場を見に行ったら、とても立派なビルを建てている。場所も良い。正直当時のJBSの身の丈には少し大きいと思ったのですが、何とか入れてもらいたいとお願いをしました」(牧田氏)

虎ノ門ヒルズを選んだ理由の一つは大きさです。以前の芝公園ファーストビルは、1フロアの床面積が400坪で、それを4フロア借りていましたが、オフィスが4層に分断されていると、各階へは、よほど用事がないと行くことはありません。自分のフロアに出勤して自分のフロアから帰るというような風になります。同じ会社の社員なのに、一緒になるのはエレベーターだけでは社員同士の意思疎通がうまくいくはずがないと牧田氏は考えていました。

しかし、1フロアが1000坪ある虎ノ門ヒルズなら、単純に4フロアを2フロアに減らすことができます。

フロアをまたぐ吹き抜け階段に水族館クオリティの水槽を設置?

さらに牧田氏は驚くべき手を打ちました。16階と17階の中央に、両階をつなぐ吹き抜け階段を作ったのです。これなら、わざわざエレベーターを使わなくても、簡単に行き来できます。ここまでする会社を、私は見たことがありません。

ちなみに、社員同士が交流しやすくなるための工夫は他にもあります。フロアの中央には、吹き抜け階段やエレベーター、エントランス、社員食堂などを配置。オフィスは外窓に沿ってドーナッツ型に配置したのです。これによって回遊性が高まりました。つまり、同じフロアであれば、オフィスエリアをぐるりと一周できます。つまり、どこかで誰かと出会う機会が増えます。「あ、そういえばこの間の件だけど!」と、突発的に打ち合わせが始まるかもしれません。そんな時のために、可動式のホワイトボードや簡易チェアが至るところに置かれており、会議室も数多くあり、全体的に散らばっています。いつでもどこでもディスカッションできる体制が整っています。

なお、壁や床のカラーリングは緑と青で、海と大地をイメージしています。また、外周をすべて大きな窓ガラスで囲まれているので、オフィス全体に外光が差し込み、非常に明るい印象です。

訪れる人の目を引くのは、エントランスにある巨大な水槽です。手がけたのは神奈川県にある八景島シーパラダイスの水族館を作った会社で、こんな都心のオフィスビルにこれだけ大がかりな水槽を作ったのは例がないと言っていたそうです。

このように、社員のクリエイティビティとイノベーションを活性化させる工夫とデザインは高く評価され、引っ越した翌年、第28回日経ニューオフィス賞「ニューオフィス推進賞/クリエイティブ・オフィス賞」を受賞しました。

スティーブ・ジョブズはピクサー本社に「全社員が集まる空間」づくり

同様に、社員同士のコミュニケーションを考えてオフィスをワンフロアにした経営者は他にもいます。代表的なのはアップル創業者の故スティーブ・ジョブズです。

彼はアップルを退社した後、1986年にルーカスフィルムのコンピューター・アニメーション部門を買収し、ピクサー・アニメーション・スタジオを設立しました。1995年の『トイ・ストーリー』の大ヒットを皮切りに、さまざまなヒット作を世に送り出して来たことは説明するまでもありません。

カリフォルニア州エメリービルにあるピクサー本社は、2000年に建てられました。4つある施設の中でも現在「スティーブ・ジョブズ・ビルディング」と呼ばれているオフィスには、スティーブ・ジョブズのこだわりが随所に込められています。特に彼がオフィスデザインにおいて、もっとも強く求めたのが、社員同士の「偶然の出会い」と「予期せぬコラボレーション」です。

実は、もともとのデザイン案では、4つのビルに職種別に社員を分けるようになっていました。例えば、Aのオフィスビルにはコンピュータサイエンス、Bのオフィスにはアニメーター、CとDにはその他の部署といった具合です。

しかし社員の能力を、予期せぬコラボレーションによって高めたいと思ったジョブズは、 社員全員を1つ屋根の下に入れることにしたのです。

その巨大なオフィスの中央スペースは「アトリウム」と呼ばれ、全社員とオフィス訪問者が自然と交わるように設計されています。スペースを挟んで右側にはクリエイティブ系のオフィス、左側にはテクニカル系のオフィスがあります。人間の右脳と左脳をイメージしたデザインになっているのはジョブズの遊び心でしょう。社員のメールボックスやカフェ、休憩用の遊具やジム、映画シアターもこのアトリウムに集結し、トイレも唯一このスペースにあるそうです。何かの理由で自然と人々が集まるよう、導線が設計されているのです。

ジョブズは作品作りに直接タッチすることはありませんでしたが、こうしたオフィスの工夫により、社員のクリエイティビティとイノベーションが活性化し、素晴らしい作品が世に出ていく原動力になることを期待していたのだと思います。

JBSの牧田氏がピクサーのオフィスを参考にしたかどうかは分かりませんが、同じような意志を感じさせます。

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