【葵S回顧】初手の意思表示で勝負あり!高速馬場で輝いたピューロマジックの耐久力 勝ち馬以外では3着ナナオに注目

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勝負を分けた初手

2024年5月25日に京都競馬場で開催された葵Sは、外枠から先手を奪ったピューロマジックが高速馬場のアシストを受けて逃げ切った。勝ち時計は昨年のモズメイメイと同じ1.07.1。しかし、その価値は断然、高い。

ダービー前日にその半分の距離の重賞が組まれたのは、2018年から。ダービーが世代の頂点を決する戦いであり、最高のタイトルであることは揺るぎないが、1200mなら負けないという馬たちもいる。そんな3歳ベストスプリンターを決める機会が葵S。それぞれに輝ける場所があることを教える貴重なレースがダービー前日に行われるのは、一つのメッセージと受けとりたい。

舞台の京都はスピード王決定戦にふさわしい絶好の馬場状態で3回開催最終週を迎えた。当日の天候も申し分なく、間違いなく高速決着になるという確信が乗る側にも見る側にもあった。

18年の創設以来、京都芝1200mでは過去4回行われたが、ピューロマジックが記録した1.07.1は昨年逃げ切ったモズメイメイと同タイム。3歳5月時点で7秒台前半を記録できるスピードの持ち主はそうはいない。直線に坂がない京都はスピード型が自身の強みを発揮しやすい舞台であり、絡まれずに進めることができれば、簡単には止まらない。重賞でもスピードに自信がある馬が勝つ。

ピューロマジックがモズメイメイと同じく外枠から先手を奪い、逃げ切ったのは偶然ではない。スピードの絶対値に自信があったから、たとえ外枠であっても先手をとれた。いや、外枠だからこそ先手を奪えたのではないか。

短距離戦で先手を奪うなら、内ラチ沿いに近い内枠が優位ではあるが、その分、簡単に目標になりやすい。プレッシャーの多くは外から内へかけられる。内枠の逃げ馬はよほどスピードが抜けていない限り、絡まれやすい。

一方、外枠は初手で意思表示さえできれば、内の馬は引いてくれる。ハナを奪いに来る外枠を突っぱねるには、外からのプレッシャーは避けて通れない。ケンカし、オーバーペースで共倒れはイヤだ。そんな心理になるのは自然だろう。

問題は初手の意思表示だ。ピューロマジックはその点が明確だった。

スピード自慢らしくゲートをきっちり決めると、鞍上は一目散に内側に馬を寄せ、斜めに横断するように前に出てきた。これができた時点で、ハナを叩き返し来る馬は外から来ない。

内枠で速いのは1400mなら逃げられるオーキッドロマンスぐらい。ピューロマジックの最大の勝因は、最初の200mで主導権を奪えたことだろう。ほんのわずかでも遅れ、さらに200mぐらい距離を要してしまえば、前半のペースが遅くなったとしても、残せなかったかもしれない。短距離戦における初手の重要性を伝える最初の200mだった。

アジアエクスプレスの耐久力

前半600m33.2はモズメイメイの33.9と比べると相当速い。後半600mはピューロマジック33.9、モズメイメイ33.2なので、同じ逃げ切りでも昨年と今年は前後半のラップタイムがそっくり入れ替わった形になった。

馬場の助けもあり、後半をそこそこまとめられたのは価値がある。スローの上がり勝負に持ち込まずに逃げ切った。これこそ一流スプリンターになくてはならない耐久性だ。

父アジアエクスプレスはその父ヘニーヒューズとあわせ、完全にダート種牡馬。芝の重賞勝ちはピューロマジックが初となる。やはり芝中心の繁殖牝馬との配合なら、短距離であれば太刀打ちできる産駒も出てくる。

よく新潟芝1000mはダート種牡馬が強いと言われるが、ダートで強い馬にとって、芝は独特の緩急にマッチしづらい。スピードに乗り、我慢し、さらに速い脚を使うというリズムは短距離では重視されない。このレースもそうだが、短距離は一定のラップでゴールまで駆け抜けられる耐久力が決め手になりやすい。そんな特性がダート種牡馬の得意ゾーンに重なってくる。

ピューロマジックの母メジェルダはディープインパクト産駒でファンタジーS2着がある快速型。全兄メディーヴァルは23年韋駄天S6番人気Vなどダートを主戦場にしながら、芝でも走る。父マジェスティックウォリアーのバグラダスは父のダート適性が強く、現在はダート中心だが、2勝目は東京芝1400mであげている。

ピューロマジックは芝の短距離に強い母系とアジアエクスプレスの耐久力が詰まっており、将来的には短距離なら芝ダート問わない可能性すらある。

勝ち馬以外で注目すべきは3着ナナオだろう。これまで7戦のうち良馬場は3回、それ以外は重が3回、稍重1回と半数以上が良ではない雨女。良以外【3-1-0-0】と道悪巧者のイメージが強かったが、今回は3番手で流れに乗り、4着エトヴプレに1馬身差をつけた。

馬体重+14kgとパワーアップした感もあり、良馬場のスピード勝負に対応できたのは価値がある。スピード勝負のスプリンターは筋肉量豊富な大型馬が多い。ナナオも体が増えてきたことで、高速決着に対応できた。もっと体が大きくなれば、一流スプリンターへの道も見えてくるのではないか。

ライタープロフィール
勝木 淳
競馬を主戦場とする文筆家。競馬系出版社勤務を経てフリーに。優駿エッセイ賞2016にて『築地と競馬と』でグランプリ受賞。主に競馬のWEBフリーペーパー&ブログ『ウマフリ』や競馬雑誌『優駿』(中央競馬ピーアール・センター)にて記事を執筆。Yahoo!ニュースエキスパートを務める。『キタサンブラック伝説 王道を駆け抜けたみんなの愛馬』(星海社新書)に寄稿。



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